ハーシーズのキスチョコが硬いのはなぜ?

「食品よ、お前もか」と言いたくなる本。現代に暮らす私たちの生活を当たり前に豊かにしているありとあらゆる科学技術の進歩は、すべて戦争とともにあることにあらためて気づかされる本である。

たとえば、感染症学は、侵略戦争を背景に発展を遂げた学問のひとつ。感染症学は兵士たちの健康を維持して植民地を拡大し、奴隷の健康を管理するために発展した学問であり、ウイルスや細菌を生物兵器として用いるテロリストや敵国から国家を守るため、今もなお発展し続けている。

しかし、戦争と切っても切り離せない過去を持つのは感染症学だけではなかった。『戦争がつくった現代の食卓』では、感染症のような特殊なものではなく、一般家庭の食卓に並んだ身近な食品にも、目を凝らせば戦争の痕跡がくっきりと見えることを教えてくれる。

「フードライター」を名乗る筆者は、日頃から食事はできるだけ手作りを心掛けているが、家庭で「手作り」の料理の材料としているもののほぼ半数は加工済みの食品であることに気づく。また、調査を進める中で、せっせと手作りしたものが加工食品よりも栄養面や衛生面で劣っていることを知り、愕然とする。

缶詰から冷凍ピザ、プロセスチーズからビニール包装されたスーパーのパンやビスケット、チョコレートからエナジーバー(バー状の栄養強化食品)まで、戦争が現代の食卓をこれだけ便利で安全で豊かにしている――。私自身はその事実を知り感銘を覚えるが、筆者は軍隊が食べているものと同じものが食卓に多数入りこんでいることに対し一貫して批判的だ。

たとえば、チョコレート。

産業革命時、カカオ豆の粉末を圧縮する作業が機械化されると、ココアバターと呼ばれる脂質が大量に出るようになった。そこに砂糖、粉末カカオを再び混ぜて冷やして固形化して生まれたのが、世界中の人々をとりこにし“神の食べ物”とまで呼ばれたこの嗜好品だ。

高価な輸入原料のカカオを使っているため、一般の人の手には届かない高級菓子だったが、カカオの代わりに安価な牛乳を用いることにより、劇的にこの美味な食べ物の価格を下げたのが、あの銀紙で包まれた涙型の「キスチョコ」でおなじみの、ハーシー社だった。

溶けないチョコの秘密

その後、チョコレートは戦争を通じておもしろい変化を遂げる。軍隊には「レーション」と呼ばれる携帯食があるが、タンパク質、炭水化物、甘みという3つの要素を1つの食品で食べるレーションとしてチョコレートを開発しようという試みが始まった。

それは、砂漠の戦地へ向かうこと想定した、「ポケットの中や熱帯の気温で溶けず、甘いもの好きな兵士を過度に誘惑しないチョコレート」。できたものは、カカオをベースとしたロウのようなもので、かろうじて食べられる味をしており、3個で1800キロカロリーと、兵士1人の体力を1日維持するのに十分な熱量を持つ。

Photo by MARIA

ハーシーは、チョコレートのレーションを作るアメリカ陸軍お抱えのチョコレート会社として、戦時中の規制に縛られることなく大量に砂糖を使えるという特権を享受しながら、この“チョコ・レーション”を1941年から1944年にかけておよそ2億5000万個出荷したという。

この“チョコ・レーション”は、タンパク質と穀類と大量のショ糖を合わせたものであり、現在のエナジーバーの元祖に当たる。湾岸戦争までのアメリカが関与したすべての武力衝突の際に、戦場へ向かう兵士のポケットの中にあったというから驚きだ。

そして、1940年代に始まった「溶けないチョコ」の開発は、脂肪の分散を助ける乳化剤を使用すること、水と界面活性剤を添加することやチョコレートの材料を練る過程に工夫して融点を上げることなどを通じ、2000年代に入ってもまだ進んでいるという。

Photo by MARIA

世界には今日でも戦争があるのと同時に、低温流通(コールドチェーン)や冷蔵庫の普及が十分でないアフリカ、南米、アジア、中東といった巨大な市場がいつまでも広がっているからだ。

てっぺんから青い文字入りの白い紙ひもをのぞかせたハーシーズのキスチョコ。子どもの頃、紙ひもを引っぱると、出てきたチョコレートが前歯の折れそうなほど硬かったのを思い出した。

そうか、あの硬いチョコレートは、中東へ向かう兵士たちのため、チョコレートに飢えた常夏の国の子どもたちのために開発されたハーシーズのレシピが、温帯の日本の子どもたちにはちょっと硬すぎてしまったせいに違いない。そう思いながらこの本を読んだ。

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