「鳥の川上」が語る「鳥」ではなく「鳥類学者」の生態

今年の春頃、書店の「新刊・話題の本」の棚で見かけたけれど、いかにも買ってくれと言わんばかりのタイトルを見て「絶対買うものか」と手にも取らずにいた本だった。

ところが、8月になって同じ書店に行ってみてもまだ「新刊・話題の本」の棚にある。もう新刊でないことは間違いないけれど、蛍光オレンジ色をした帯には何やら「1位!」とでかでか入っているし、以前は棚の下の方にあったのに今はいちばん上だ。そんなに売れているのかと立ち読みしたら、悔しいことにおもしろい。というより、おかしくてやめられないので仕方なく買って帰ることにした。

鳥の生態に少しは詳しくなれるのかもしれないと期待してこの本を読むと肩すかしを食らう。実は、本を読み終わったすぐ後でも、私にはこの本で扱った鳥の名前を一つとして思い出すことができなかった。

Photo by MARIA

ただし、鳥類学者というのがどんなことをしている人たちなのかは少しわかった。僻地に行って鳥を観察し、場合によっては捕獲して血液を採取し、DNA鑑定を行って進化の過程を考える。死骸を見つければ解剖して骨格標本を作り、ダーウィンが登場して以降、生物学者たちが愛してやまない「離島」の国際学会で研究成果を発表する――。

しかしながら、この本の醍醐味は、現代の鳥類学者のそこまで危険でも困難でもない冒険談を知ることではない。

鳥類学者のマイナーさとマニアックさを自虐的に語りながらも、鳥類学という学問の立ち位置をクリアに自覚して研究を続ける、著者・川上和人氏のリズミカルで饒舌な文章にある。『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』は、鳥類ではなく、鳥類をダシにして仕事をする「鳥類学者の生態」を、またダシにして語るという名エッセイ集だ。

「おそらく、一般に名前が知られている鳥類学者は、ジェームズ・ボンドくらいであろう。英国秘密情報部勤務に同姓同名がいるが、彼の名は実在の鳥類学者から命名されたのだ。隠密であるスパイに知名度の点で負けているというのは、実にゆゆしき事態である。スパイの名前が有名ということも、英国秘密情報部としてはゆゆしき事態である」

冷たくスルーするべきか、笑ってもいいのか。「ジェームズ・ボンドは鳥類学者の名前である」というウンチクが増えたことはさておき、エスプリの利いた専門家のジョークかオヤジギャグかの判定に迷うぎりぎりの文章が続く。

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著者のフィールド・小笠原では何年も前に発見されていたのに、新種登録をしなかったため惜しくも英語の名前が先につけられてしまったという「ブライアンズミズナギドリ」に和名をつける下りはこんな調子だ。

この鳥が小笠原で生き残れたのは、地元の人たちが島の自然を守ってきた成果だ。このことに敬意を表し、和名には地域名を残したい。また、最も顕著な形態的特徴は体の小ささである。

  • オガサワラ「チビ」ミズナギドリ
  • オガサワラ「ポチ」ミズナギドリ
  • オガサワラ「マメ」ミズナギドリ

小さそうな名前が口々に提案されるが、悪口っぽい、犬っぽい、豆っぽいと研究チーム内でも意見が割れる。最終的にはオガサワラヒメミズナギドリに軟着陸した。

新種の命名で「チビ」だの「ポチ」だのといった提案がされるわけはない。でも、読者は川上氏が適当にでっちあげたのであろう名前を真剣に読み、続きを読んでまんまと笑わされてしまう。この間合いは、名人芸の域だ。

最近、小学生の男の子を持つ友人にこの本の話をしたら、「知ってる、知ってる!『鳥の川上でーす』でしょ?」と言われた。

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著者の川上氏は、最近、NHKラジオの子ども向け科学相談番組で「鳥の川上でーす」と電話に出ることで有名になり、「鳥の川上」として人気が出始めているらしい。講談師のおしゃべりのような文章を書く川上氏は、子ども相手にいったいどんなトークをするのだろう。本も絶対、買わないと思っていたけど、仕方がないからラジオも聞いてみようかな……。

ちなみに、増版に「1位!」とあった蛍光オレンジの帯の下には、小さく「ただし、鳥部門(笑)」とありました。

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