動物園からアイドルが消える?

横浜動物園ズーラシアの園内から1kmほど奥に進むと、賑やかな園内と同じ敷地とは思えない、のどかな空間が現れる。3.7haと小さな動物園並みの敷地を持つ横浜市繁殖センターは、野生動物の保全と繁殖を目的にした研究施設だ。

いま多くの動物園関係者は、人気者であるゾウやゴリラ、キリンなどが近い将来見られなくなるかもしれないという危機感を持っている。繁殖センターのような施設は“最後の砦”なのだ。

最後の砦で暮らすのは…

繁殖のための施設を特別に見学させてもらった。センター所長の市川典良さんが声をかけると、マレーバクのオス、ブレンディングくんが長く伸びた鼻先をこちらに伸ばして応える。

野生のマレーバクは唯一アジアに生息するバクだが、自然破壊で数が減り絶滅が心配されている

ズーラシア園内にはマレーバク2頭が展示されているが、非公開である繁殖センターにも5頭のマレーバクが暮らす。1頭につき2部屋が用意され、1日交代で清掃してもらえるという“好待遇”。人間によく懐き、とてもリラックスした様子に見える。

いま日本でマレーバクを見ることができる動物園はズーラシアを含め13と、国内の動物園のおよそ6つに1つ。「繁殖の努力を続けなければ将来見られなくなるかもしれない」と市川さんは言う。こうした問題はマレーバクに限らない。

お見合い相手を探すには?

いちばんの理由は、ワシントン条約で野生動物の取引が規制され、海外から動物を購入することが難しくなったから。国内で飼育する動物同士での繁殖も、ただペアを作って子どもを産ませればいいというものではない。

「繁殖には遺伝的な多様性が必要なんですよ」と日本動物園水族館協会(JAZA)の事務局長、岡田尚憲さんは話す。動物園で同じペア(オスとメス)から複数の子が生まれても、血が濃くなりすぎるから子ども同士のペアで繁殖させることはできない。JAZAでは血統が違う個体を動物園で相互に貸し借りする「ブリーディングローン(Breeding Loan)」を進めている。

海外から輸入したズーラシアのアミメキリン。海外から大型動物を運ぶとなると輸送費だけで数百万円かかると言われる

コアラやオランウータンなど絶滅の恐れがある150の動物の血統登録も作っている。これはいわば動物の戸籍簿で、両親や祖父母が誰か、どこで飼育されているかが一目でわかり、動物の“結婚相手”を探すときに役立つ。

「いかに動物が幸せに暮らせるか、という動物福祉の考え方も繁殖のカギを握っています」(岡田さん)。たとえばアジアゾウの群れ飼育。群れで飼うと母や姉のゾウが出産に立ち会うので、初産のメスは助けられ、妊娠したことのない若いメスもお産をじかに学ぶ。

冷凍動物園はノアの箱舟

開設から20年近く繁殖の技術を磨いてきた横浜市繁殖センターは、乱獲によってインドネシアで激減したカンムリシロムクの繁殖に成功している。いまセンターで飼育するのは約90羽。これまでに100羽以上をインドネシアの森に帰し、「野生復帰」させた。

インドネシア・バリ島の一部に生息するカンムリシロムク

もう一つ、いま期待が高まっているのは希少動物の配偶子を冷凍保存する「配偶子バンク」。マイナス196℃の液体窒素の中に精子や卵子を保存し、将来の繁殖に役立てようというものだ。

横浜市繁殖センターが保存する配偶子バンクを特別に見せてもらった。タンクの蓋を開けると、ストロー状の容器がいくつも入っている。アミメキリンやフンボルトペンギン、ニホンツキノワグマなどの配偶子が、中に1種類ずつ保存されている。

横浜市繁殖センターの配偶子バンク。市川さんがタンクからストロー状の容器を抜いて見せてくれた

「理論的には半永久的に保存することが可能です。動物を移動させずに人工授精で繁殖させることを考えています」(所長の市川さん)。

課題もある。冷凍保存している54種類の精子に対し、卵子は3種類と少ない。病気などで死亡した高齢の個体から取るケースが多いこと、卵子の細胞が精子の細胞より大きく凍結が難しいことなどが理由だという。

最近は世界最大級の野生ウシであるガウルに人工授精を試みたが事例の少なさゆえうまくいかなかった。「100年先を見据えて長い目で研究していく」と市川さんは力を込める。

私たちが当たり前にゾウやキリンとふれあえる動物園。そのバックヤードでは、当たり前を保とうと必死に頑張っている人たちがいるのだ。

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