おいしいジビエの背景を覗く、シカの狩猟ツアー

河口湖でシカ猟を営む滝口雅博さんは、満月より新月が好きだという。それは「闇夜だと人の気配が消えて、シカがわなにかかりやすいから」。滝口さんは40年以上の狩猟キャリアを持つ猟師。地元の山のことなら何でも知っている。

その滝口さんがシカ肉を卸すのが、グランピングリゾート「星のや富士」。2015年の開業当初から地元産のジビエ(狩猟肉)をお客さんにふるまっている。

河口湖畔のレセプションから宿の4輪駆動車に乗って山道を上がると、到着するのは森に溶け込んだキャビン。標高が100メートル上がるだけで、体感温度が0.5度ほど下がり、山のにおいがする。

星のや富士の野外キッチンは森の中にある

この森からずっと奥へ行った本栖湖周辺の山中にはシカやイノシシ、ニホンザルなどの野生動物がたくさん生息している。富士山の北西、青木ヶ原樹海に隣接した一帯は人間の立ち入りが少なく食糧がたくさんあるのだ。

ジビエの裏側も届けたい

星のや富士は、今年10月から「狩猟体験ツアー」を開催する。参加者は朝、滝口さんとともに出発し、主にわな猟を間近で見学する。

シカを狙う滝口さん。写真は山中を歩いて銃で仕留める忍び猟

滝口さんは猟をするとき、獲ったシカの胃に残った食糧を見て、シカがよく通りそうな“国道”を見るそうだ。午前中にわなをかけ、ジョウロで水をかけて人間の気配を消す。わなの位置は、肉質のいい後ろ脚を傷めないよう右の前足がかかるところに。経験のある猟師が15~20カ所の“国道”にわなをかければ、たいてい2~3頭かかり、雨が降れば4頭ということもある。

ツアーではわなを回ってシカがかかっていたら、脳しんとうを起こさせるなどしてその場で血抜きや解体まで行う。参加者は、当日解体されたシカ肉を持ち帰ることができる。

シカの食害は全国的に広がっている。食害を受け成林が見込めないヒノキの新植地 Photo by Ministry of Agriculture, Forestry and Fisheries

野生動物と共生してきた富士五湖の森だが、10年ほど前からシカが増えすぎているという問題を抱えている。原因の一つが、温暖化で大雪が少なくなり冬を乗り越えられるようになったこと。増えたシカはスギの樹皮を食べて木々を枯らすなど生態系を崩すほか、人家へおりてきて農作物を荒らしてしまう。

「おいしいジビエの届け手として、食材の背景や地域の課題を知っていただきたいという思いがある」と、星のや富士の五十嵐友美さんは力を込める。

一流の猟師がさばけば臭みは出ない

シカが増えすぎたもう一つの理由は、肉や毛皮として利用される機会が減ったこと。ジビエと呼ばれるシカやイノシシなどの狩猟肉は一部のファンに人気がある一方、「臭みが苦手」という声もよく聞く。

シカ肉をさばく滝口さん

滝口さんに言わせれば「臭みが出るのは処理が下手だから」。仕留めてから血抜きまでを20分以内で終えれば、臭みどころか上品で旨味がつまった肉になるという。

ツアーに参加して滝口さんとともに山道を歩くうちに、「おいしいジビエとは何か」から始まって、環境問題にも自然と関心が向くのだろう。

子ジカがわなにかかったら…

滝口さんのポリシーは「シカを無駄に獲らない」こと。増えすぎたとはいえ、シカも山の生態系に必要ないきもの。「その季節にいちばんおいしく食べられるシカだけを有効活用させてもらう」(滝口さん)。

山をよく知る滝口さんは、足跡を見れば「昨年逃げられたオスだ」「若い新参者だ」などと見当がつくという。9~10月にかけて狙うのは、ボスの座を争って体重を80~100キロ近くまで増やす、オスのシカ。ボス争いが終わるとオスはやせてしまうので、11~2月にかけてはメスジカを狙う。春先になるとメスはおなかに赤ちゃんを宿すので、小さいオスのシカがターゲットになる。子どものシカが獲れても逃がしてやるそうだ。

星のや富士で今秋ふるまう予定のジビエ料理

狩猟ツアーに申し込む人の多くは、星のや富士のリピーターだ。「以前ジビエを食べてその背景が気になっていた、ジビエのルーツから食の安全を考えたいなどさまざまな理由があるようです」(五十嵐さん)。

いわゆるリゾートらしい体験と一線を画すこのツアーは、大人のための食育という分野で最先端をいっているかもしれない。

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