「洗骨」を知っていますか?

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昨年は映画『夏の終り』で若き日の瀬戸内寂聴を演じた満島ひかりが、今年の夏は『海辺の生と死』で島尾ミホの役を演じていると聞き、この本について書きたくなった。出家前の寂聴の妻子ある男性との関係を綴った私小説『夏の終り』も好きな1冊だが、南方的な大らかさと静謐さあふれる短編集『海辺の生と死』も好きな1冊。どちらも女流文学の優れた作品に贈られる田村俊子賞の受賞歴がある作家だ。

『海辺の生と死』で描かれるのは、「生」と地続きになった南の島ののびやかな「死」。中でも、親族の女たちが土葬した遺体を掘り返して残った骨を洗う風習を描いた『洗骨』は、ミホの筆が冴える民俗学的にも興味深い一作となっている。

科学書のブックレビューに敢えてこの本を取り上げたのは、すべての生きとし生ける動物が「死」という宿命を負うなか、仲間の死を「悼み弔う」という性質をもつ唯一の動物としての人間を考えるいい機会だと思ったから。一節を読んでみよう。

三人の男が珊瑚礁石に手をかけゆっくり横にずらせた時、一瞬冷気がたちのぼり素足の足先から身内を貫き、頬を逆なでして吹き抜けたように思いました。染みた冷気を払いのけるように頭とからだをひとゆすりして、身を乗り出しそっとのぞいた深い墓の底から、真新しい土の匂いが漂い、頭蓋の骨が丸くくっきりと目にうつり、それを囲んで大きい骨や小さい骨が散っているのが見えました。珊瑚礁石をもう少しずらせた時、墓を覆った松の大木からの葉漏れ陽がひとすじ暗い穴に差し込んできらりと光りをはねかえしました。すると女の人がお骨にティダガナシ(太陽の尊称)の光は禁忌だと言いながら男物の蝙蝠傘を墓の上に差しかけたのです。光のかげった黒土の上で人骨は白く浮き上がり、太陽や風雨にさらされて山の背にそそり立つ立ち枯れの古木の枝のように見えました。(中略)

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そしてこの時のために特別目を細かく丁寧に編んだ新しい竹籠に三杯もの骨が地上にあげられてきました。何杯かの掻い出されたそこの土も藁座の上に広げられ、人々は指先で念入りに骨をふるいわけました。さらさらと指の間からこぼれるほど細かくやわらかな黒土の中には手や足の指らしい小さな骨が混ざっていて、使い古された象牙の箸の折れ端のようでした。

洗骨の風習も作家としての島尾ミホも、この本で初めて知る人というが多いかもしれない。人間に近いどんな高等動物でも、仲間の死を弔うという習性はない。ましてや、亡くなってから幾月もが過ぎた後も、仲間の骸を掘り返して清めるという動物など人間以外にはいない。

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島尾ミホと言えば、夫・島尾敏雄の『死の棘』に書かれた夫の不倫に発狂する妻というイメージが濃厚だが、奄美に育ち、特攻隊長として奄美にやってきた敏雄と恋に落ち、出撃の直前に終戦を迎えるまでの出来事を描いた『海辺の生と死』は、このとおり素朴な詩情あふれる純文学作品となっている。

墓地の横を流れる小川では女の人たちが骨を洗っていて、岸辺にはその順番を待ついく組かが声高に話し合っていました。(中略)小川の中に着物の裾をからげてつかり、白くふくよかなふくらはぎをみせてうつむきながら骨を洗っていたひとりの若い娘が、「おばさんが生きていた頃私はまだ小さくてよくおぼえてないけど、ずいぶん背の高い人だったらしいのね」と言いつつ足の骨を自分の脛にあててくらべてみせました。私はそのお骨の人もかつてはこのようにして先祖の骨を洗ったことでしょうと思うと、「ユヤティギティギ(世は 次ぎ 次ぎ)」という言葉が実感となって胸に響き、私もいつかはこのようにしてこの小川の水で骨を洗って貰うことになるのだと、子供心にもしみじみと思いました。

今でも、奄美や沖縄の病院で亡くなる高齢者の中には、埋葬と洗骨を望む人がいる。しかし、現在の日本では火葬が原則とされ、離島では洗骨の担い手である若い女性が減っている。地域色豊かな弔いの風習が失われつつある現実に懸念を示す声もあるが、幼いミホの目に「生者と死者の交歓」として映った洗骨は、穢れた死者の骨を洗う重労働であり、女性を土地に縛りつけ自立を妨げる悪しき風習として、戦後の奄美・沖縄における女性解放運動の象徴であったことは断っておく必要があるだろう。

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敏雄の死後、自らが死を迎えるまで、ミホが喪服姿で通したという話は有名だ。人間が「悼み弔う」ことの意味を、日本文学史上に強烈な光を放つ島尾夫婦にフォーカスして考えてみたいという人には、2016年に刊行された梯久美子の力作『狂うひと――「死の棘」の妻・島尾ミホ』をお勧めする。

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