「国産小麦」のパンが人気を集める本当の理由


外国人観光客の人気スポットとして話題の東京・谷中。日中も多くの人通りでにぎわう商店街に、ドーナツ店の「やなかしっぽや 谷中本店」がある。週末には1日500~700人が訪れるという人気の店だ。

同店ではネコのしっぽをイメージしたスティックタイプの焼きドーナツを販売。ショーケースには「とら」「ぶち」などが15種類並ぶが、こうしたユニークなネーミングだけが人気の理由ではない。

売りの一つが素材へのこだわり。たとえば、小麦粉は国産。三重産小麦のあやひかりから取れた中力粉を使っている。

「やなかしっぽや」の店頭。近隣の学童保育3施設にもドーナツを納めている

ドーナツ作りでよく使われるのは、中力粉よりもタンパク質の含有量が少ない薄力粉。中力粉はうどんやそばなどのつなぎ粉として使われることが多いが、「もっちり感を出すため、あえて、あやひかりを使っている」と、店を運営する「エフ アンド ディ」の社長、日置一之さんは話す。「国産の原料を使っているから」と、オープンした7年前から足を運び続けるお客さんもいるそうだ。

海外産がまだ9割

国内産の小麦を使った製品が今、売れ始めている。背景にあるのは食に対する安全・安心志向の高まり。国内産の小麦の約7割は北海道で生産されており、2位以下は福岡、佐賀、群馬、埼玉と続く。

日々の食卓によく出てくるパンでも、「国産小麦」を売りにした製品が人気だ。東京・銀座の食パン専門店「セントル・ザ・ベーカリー」では、朝早くから、国産小麦を使った「角食パン」を買い求める人々の行列ができる。北海道では食パンのことを「角食」と呼ぶから、「角食パン」というネーミングには、「北海道産の小麦を原料にした小麦粉を使っている」との意味が込められているのかもしれない。

とはいえ、日本で消費される小麦粉のおよそ9割は、アメリカやカナダ、オーストラリアから輸入される海外産の輸入小麦。国が商社を通じてまとめて小麦を買い付け、経費などを上乗せして、製粉会社に売り渡す。

経費などが上乗せされても、輸入小麦は、国産小麦より値段が安い。大手製粉会社4社が買う小麦のうち、国産はわずか11%(2014年、農林水産省調べ)。大手の工場が小麦の生産地ではなく海の近くに集まっているのはそのためだ。

地元産の小麦をパンにも

こうした大手の戦略に対し、中堅クラスの製粉会社には、地元産の小麦を使ったブランド製品で差別化しようとする動きがある。

群馬の東部、みどり市に本社を置く星野物産もその一つ。1年で生産する小麦粉は2万3000トンほどで、群馬県の小麦生産量とほぼ同じ。星野物産が買う小麦のうち国内産が33%で、大半は地元の群馬を始めとする北関東産だ。「群馬の小麦を使ったパンやうどんは、輸入小麦にはないしっとり感やもちもち感が出ます」(常務の新井崇さん)。

国内産の小麦はもともと、麺向きの中力粉に適した品種が多く、群馬産も同様。「上州うどん」や、幅広麺の「ひもかわうどん」など群馬の名物にうどんが多いのはこのためだ。

群馬産の小麦粉を使った、名物のひもかわうどん。群馬には小麦とコメの二毛作を手掛ける農家が多い

一方で、パン作りに使うのは「強力粉」、ケーキ作りを含め家庭でよく使うのは「薄力粉」。いずれも中力粉と比べてタンパク質の含有量が違う。

星野物産では、長年の試行錯誤を経て、製粉する工程での小麦の部位の採り分けやブレンドする割合を変え、薄力粉や強力粉も作れるようになった。「今では大手企業の洋菓子部門や専門店のパティシエにも評価してもらえるようになった」と第一営業部長の田中久雄さんは話す。

「国産だから買う」

「Pasco」ブランドを展開する敷島製パンは、北海道産の超強力粉小麦「ゆめちから」と、同じく道産の中力粉小麦の「きたほなみ」をブレンドした小麦粉などを使ったパンを積極的に売っている。強力粉よりタンパク質が多い超強力粉を使うから、普通のパンよりもっちり・しっとりした食感だ。

きっかけは、07年から08年にかけ、オートラリアで干ばつが起こり、輸入小麦の価格が跳ねあがったこと。それまでパンに使う小麦の大半を輸入に頼っていたが、国産小麦を使ったパンを作ろうと決めた。開発部門の担当者らが北海道へ行って出合ったのが「ゆめちから」だった。

12年にようやく「ゆめちから」から作る小麦粉を使った食パンをひと月限定で発売したが、当時の価格は1斤300円。消費者から「高いよね」と言われることもあった。

「超熟 国産小麦」を使ったアレンジトースト。敷島製パンが使う国産小麦の比率は約16%で、20年に20%まで高める予定

担当者は、役所や地元の農業団体などへ頻繁に足を運び、作付け面積を増やしてもらえるよう交渉。作付け面積は今や1万1702ヘクタール(15年)と、12年当時の6.5倍になり、原料の調達コストが下がった。調達コストを反映し、実売価格も数十円下がったという。マーケティング部の原田未生さんは、「価格にはとらわれず、国産小麦を使っているから買うというお客さんが多い」と話す。

作る人、買う人がしっかりとその良さを理解して作ってきた国産小麦のブームは、一過性で終わりそうにない。

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