イタリア人の陽気な人柄が患者を救う

前回のコラム、「フィレンツェの『医療通訳』という仕事」でお伝えしたように、私はフィレンツェに滞在中の日本の方が病気やケガに見舞われたとき、医師や看護師の言葉を日本語に通訳する仕事をしている。そのため、普段から仕事で病院に行くことが多い。

入院されることになると、私は1週間ほど、毎日病院に通う。イタリアの病院と日本の病院との違いを実感することはとても多い。

神父が毎日お見舞いに

私にとっていちばん「イタリアらしい」ところは、病院の規模を問わず、中に必ずチャペルがあること。黒いスーツ姿で襟にローマンカラーを付けた神父は、毎日、入院患者を見舞う。これは、カソリックの国であるイタリアならではの光景だ。

病室は大抵4人部屋か6人部屋で、ベッドはつねに埋まっている。イタリア人はフレンドリーな気質の人が多く、話す元気のある人は、患者同士いろいろとおしゃべりしている。相手が外国人だろうがかまうことなく、日本人の患者さんにもベッド越しに声をかけてくれる。採血が上手な看護師の名前から、食事や検査の時間、ロッカーの使い方まで、後から来た患者に親切に教えてくれるのだ。

病院には必ずチャペルがあり、ミサの時間には信者に開放される

面会時間に会いにくるイタリア人の家族も、同じ部屋の患者に話しかけてくれる。旅行中に病気や怪我をして入院をしているのだと伝えると、みな気の毒がって、「元気になって、今度はイタリアのいい所をたくさん観に戻ってきてね」などと言ってくれる。

入院中のお母さんを毎日見舞いに来ていた20歳くらいの男の子は、お母さんの隣のベッドにいた日本人の患者さんに、「早く治りますように」とたどたどしくも丁寧に日本語で書いたカードをそっと渡してくれた。インターネットで調べ、見よう見まねで書いたのだそうだ。

家族が帰って静かになると…

私は、骨折やねんざといったケガで入院する人に付き添って、整形外科の入院病棟を訪れることもよくある。整形外科の病棟は日本と同じくお年寄りが多い。

ロザリオ(数珠状の輪)を手に、ひと晩じゅうアヴェマリアのお祈りを唱えている人や、夜になるとさびしくて泣き出してしまう人もいる。清掃のスタッフや看護師は、寄ってたかってお年寄りを取り囲み、明るく励ましている。

Photo by MARIA

あるとき、私が担当していた患者さんの4人部屋で、残りの3人がみな80歳以上の女性だったことがあった。入院しているおばあちゃんたちは、毎日の面会時間をとても楽しみにしていた。見舞いに訪れた家族とにぎやかに過ごす午後の面会時間は、おばあちゃんたちにとって毎日の楽しみ。鏡を取り出して、赤い口紅を付けたり、念入りに髪の毛をとかして直したりと大忙しだ。家族が帰ってしまう夕方、病室は一気に静かになる。すると「家に帰りたい」と、誰からともなくシクシクと泣き始めてしまう。急にさびしくなってしまうらしいのだ。

女性の看護師がそんなおばあちゃんたちの背中をさすりながら、「ほらー、またメソメソ泣いてる!」と明るく笑う。おばあちゃんが、「何だかわからないけど悲しくて涙が出ちゃうの」と言うと、彼女は「あら、いいわねっ! 私なんか悲しいことがありすぎて、泣いて泣いて涙がかれちゃったわ」と太陽みたいな笑顔でカラッと返すのだった。

お客さん扱いはしない

イタリアの病院では、救急隊員や医師、看護師、清掃スタッフは、それぞれがそれぞれの立場で仕事をしながら、一方で人間らしく患者さんと接している。端から見ると、ぶっきらぼうで大ざっぱなのかもしれないが、彼らは限られた時間と人数の中で、できるだけのことをしようと努めているように思う。

何より、医療者と患者は対等だ。医療者は、「病気やケガを負っている人が元気になって家に帰れるように手伝ってあげる」というスタンスであって、「患者様」と入院患者をお客様扱いすることはない。

Photo by MARIA

入院生活を終え、日本に帰国された患者さんから、たまにお便りをもらうことがある。お便りには、イタリアの医療が思っていた以上に進んでいたという驚きに加え、医師や看護師、そしてすべての病院のスタッフの人間味ある温かい対応への感謝の言葉がつづられている。

病院、特に入院病棟という場では、多くの人が人生について考え直したり、人生の転機を迎えたりする。そんな場でイタリア人のすばらしい人柄に触れられることが、医療通訳の仕事における私の最大の収穫だと思っている。

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