希望という名の魔法を信じる私

Photo by MARIA

美しい容器にいい香り、「美白」「保湿」「透明感」といった心ときめく言葉に、女優さんたちのすてきな笑顔――。化粧品は手に取るだけで、思い浮かべるだけで、女性を幸せな気持ちにさせてくれます。

一方、大学時代、経営戦略のエキスパートとして有名な竹内弘高教授にこんな話を聞いたことがあります。

教授の妻はとても高価な化粧品を使っており、きれいになるのはそのお陰だと喜んでいたそうです。でも、教授は「大して変わりない。鏡を見る時、妻は嬉しそうに目をぱっちり見開くのできれいになったような気がするのだ」と密かに思っていました。たまたま、その化粧品を売る大手化粧品会社の社長に会う機会があり、話をしたところ「私どもの仕事は『希望』をお売りすることです」と返されたということです。

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化粧品会社は化粧品ではなく「希望」を売っている! 美しくなることへの希望はおカネを出せば出すほど高まるから、化粧品は成分の量や質にかかわらず価格を高く設定しても売れるというマーケティング講義のイントロでした。

では、もしこれが美容のための化粧品ではなく、病気のための治療やサプリメントならどうなのでしょう。

『代替医療の光と闇 魔法を信じるかい?』では、こんなエピソードが紹介されています。

1990年代後半、ビクトリア・ベックという女性が、消化管ホルモンのひとつであるセクレチンが自閉症に劇的に効くと言い出しました。そこで自閉症の子どもたちをふたつのグループに分け、プラセボ(偽薬)の生理食塩水とセクレチンをそれぞれ静脈注射して観察したところ、生理食塩水のグループでもセクレチンのグループでも、子どもの症状が改善したと答えた親の割合は同じでした。

つまり、セクレチンにはただの水と同じ効果しかないということ。ところが、その結果を聞いた親の69%は、「引き続き高価なセクレチンを使いたい」と答えたというのです。

筆者のポール・オフィットはその理由をこう説明します。「親はそのくらい切実なのだ。(中略)自宅を担保に入れてローンを借り入れ、老後資金のための貯金を解約して、偽りであっても希望を約束してくれる人を探す。たとえ偽りの希望であると知っていても」。

売っているのは「希望」

しかし、化粧品ならまだしも効果がはっきりしないセクレチンを売り続けることは、病気に苦しみ藁をもすがる思いの親子を利用しているという批判もあるでしょう。他方で、どちらも医薬品ではないし、希望を売って何が悪いという意見もあるでしょう。

私自身は、良さそうだと感じられるものに多少お金を払って元気になったり、いい気分になったりできるのであれば、「たとえ偽りの希望であってもいい」という考えです。化粧品やサプリではありませんが、何にどういいのかは知らなくても、「有機」「無農薬」と書かれた新鮮で美味しそうな野菜には喜んでお金を払うほうです。

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また、日本では保険適用もある鍼灸治療を、プラセボ効果しかないインチキ代替医療の代表として挙げるなどしているオフィットの代替医療批判に、すべて賛同しているわけでもありません。

決して「魔法」はない

オフィットは代替医療は有益にもなり得るが、次のような場合には「インチキ医療」になるとしています。

1. 有効な標準医療があるのに勧めない、否定する
2. 代替医療にもリスクはあるのに、それには触れずに勧めてくる
3. 患者の貯蓄を食いつぶす
4. 根拠もないのに信条として広がる

最近、日本でもこんな裁判がありました。ある女性が末期がんの父親のために「がんは治せる」とうたう自然療法を受けられる施設に500万円を支払いました。ところが、父親は死亡。「弱みにつけ込んだ詐欺的商法だ」として、施設に対して返金や慰謝料を求めて裁判所に訴えました。しかし、裁判所は必要経費を差し引いた354万円を返還するよう施設に命じたものの、詐欺商法とは認めなかったそうです(参照記事)。

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命や健康が関わる場合、希望が裏切られたときの苦痛と損失は想像以上のもの。代替医療は標準医療と置きかえられるものではなく、リスクもあることを理解したうえで、利用する・しないの判断を行いたいものですね。

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