母は、母であるだけで美しい

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世界中の紛争地や貧困地帯を巡って、その地に暮らす人々の生き様を取材し、執筆してきたノンフィクション作家の石井光太さん。親が子どもをみつめるまなざし――それを問い直すために、世界のお産と育児をめぐる旅に出た。『世界の産声に耳を澄ます』(朝日新聞出版)には、石井さんが見た母の強さと美しさが描かれている。前回記事「世界で見た女性たちの『親の顔になる瞬間』」に続くインタビューの2回目をお届けする。

「女性って、すごいですよね。目の前の子どものためなら、あとさき考えずに自分の人生を賭けてしまえる。自分のことはいったん置いて、子どものために自分を変えることができてしまう。ここに女性の強さがある。男にはとても真似できないことです」

途上国で見た母の強さ

お産と育児を巡る取材旅行の中で、石井さんは女性の強さを感じるできごとにたくさん遭遇した。たとえば、インドの南に位置する小さな島国スリランカでは、“望まない子ども”を妊娠・出産したあるシングルマザーに出会った。

当時のスリランカは内戦中。紛争地域に住むその女性は結婚していたが、夫の不在時に敵側の兵士に暴行をうけて妊娠。夫以外の男性の子どもを妊娠・出産するなどということは、女性の貞操を当たり前のこととして求めるスリランカ社会の価値観では、到底受け入れられないことだった。その結果、夫と離婚。村人からは「夫以外との子どもを産んだ」として冷たい視線を浴び、両親からの支援も受けられない状態での子育てとなった。

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「その女性も妊娠中は、子どもが生まれたら施設に預けよう、暴行によって妊娠した子なんて育てたくない。自分に育てられるわけがない……と、いろいろなことを考えていたんです。それでも、お腹が大きくなるにしたがって、どんどん理屈はなくなっていった。そして産んだのです。

お乳をあげているうちに離れられなくなり、『周りがなんと言おうと、私が育てよう』とシングルマザーになった。なぜ彼女がそこまで頑張ったのか――。ただ『目の前に自分の産んだ子がいるから』だけなんですね。

産んだ子が目の前にいる。その事実だけで、親の大反対も、村人からの村八分や差別も、稼ぎがないという経済的な問題も突破していったのです」

子のためなら目の前の壁も

彼女がもともと強い女性だったのかというと、そうではない。控えめなスリランカにいる普通の女性だ。

「そんな女性でも壁を突破していけたのは、妊娠出産の力でしょう。自分よりも大切な命が、目の前にある。そしてその命は、自分が世話をしないと消えてしまう。目の前の命は守らなくてはいけない――。彼女にとっては、自分がどんな状況にあろうとも子どもの前で笑顔でいることなど、簡単なことだったはず。食べ物がなかろうと、差別を受けようと、子どものためなら頑張れる。それが母の強さであり美しさであると、僕には思えるのです」

ホンジュラスで出会った親子 Photo by Kota Ishii

孤立無援の状態にあっても笑顔を絶やさずに子どもを育てている彼女の姿を見て、助けの手を差し伸べる人たちが、ぽつりぽつりと増えていったという。

「彼女と同じく子どもを育てている母たちは、どこかで『自分と同じ存在』として彼女を見ていたように思うのです。内戦中に子育てをしていたわけですから。お乳が出ない、食べさせるものがない、夫が家に帰ってこないなんてざらにある日々の中で子育てしてきた母たちにとって、彼女が必死に頑張る姿は他人事ではなかった。だから、彼女を助ける人たちも出てきたのでしょう」

共感でつながる

同じ母だから、わかる。その思いで、母たちはどんどんつながっていく。そのつながりが、母を支え、子どもを支える。

「母同士、悩みを打ち明けたり、慰め合ったり、助けてもらったりと、つながりながら子育てをしていますよね。そうやって簡単にセーフティーネットを作っていくわけですが、これは男性にはなかなかできないことなんです。共感でどんどんつながれるのは、女性の才能ですよね。

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たとえば子どもが熱を出したとき、Yahoo!知恵袋に書き込めば、どこかのママがSOSに応えてくれる。子どもを思う気持ちでつながっているからこその光景だと思うのです」

母であることに誇りを

石井さんは、「ママたちは、本当にすごい」とエールを送る。

「すごいことをしていると、ママ自身はまったく思っていないでしょう。『私は特別なことなんてしていない、何もやってない』というかもしれません。自分では気づかないんですよね。

子育てって『この子がかわいいから。この子のことが好きだから』という思いだけで、していますよね。だけどそのこと自体が、すごいのです。だって、仕事を『好きだから』というだけでできますか?給料をもらわず、評価されることもないまま、続けられるでしょうか? できませんよね。

石井光太さん Photo by AKINA OKADA

子育ては、『この子がかわいいから』という理由だけで、自分の人生をかけてやっていること。ただ一つの理由のために、自分の人生をかけ、そのときの時間をすべてかけて必死になってやっている姿って、美しい。人として美しい。

ママたちは、自分が母であることに、もっと誇りを持っていい。母は母であるだけで美しく、力強いのだから。僕にはそう思えるのです」(構成・文:中村陽子)

『世界の産声に耳を澄ます』(朝日新聞出版)

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