フィレンツェの「医療通訳」という仕事

イタリアで暮らし始めてから20年近くが経つ。私はいま二つの仕事に就いている。

一つは、短期や長期で滞在できるフィレンツェのアパート情報を発信し、管理会社やオーナーと日本から来るツーリストの間に入る、宿泊コーディネート業。

もう一つは、医療通訳という仕事だ。こちらも、日本からフィレンツェに来る方々のサポートをするという意味では同じだが、仕事の中身はずいぶんと違う。

24時間“安心”を運ぶ

医療通訳は、フィレンツェに滞在している間に具合が悪くなった日本人の方をサポートする。

海外旅行保険に加入したツーリストは、海外で急病やケガを負うと、ヘルプラインに電話し、往診を依頼する。ヘルプラインの担当者が、医師と通訳である私に依頼をし、私は医師と一緒に患者さんのホテルに向かう。往診の間、医師と患者さんの会話を通訳するのが私の仕事だ。

場合によっては、病院の救急外来に付き添うこともあるし、本当に急を要する場合は、患者さんは救急車で病院へ運ばれ、私は直接病院に駆け付ける。

救急外来の入り口

言葉がわからない国で、病院にかかるのは心配だろう。ましてや手術になるようなケースだと不安は相当大きい。通訳が入ることで医療者と患者のコミュニケーションが円滑になり、患者の心配を取り除ける。だから医療通訳は、ほかの仕事以上にモチベーションが大きい。

病気になったりケガをしたりするのはいつも突然。医療通訳の呼び出しが入るのも、ほとんどの場合、当日だ。大みそかや元日、深夜や早朝に仕事が入ることもある。幸い、私は車を運転できるので、たとえ真夜中であっても、患者さんの宿泊先や病院に駆け付けることができる。

一度ケースが発生すると、その日の検診で終了しても、入院になって数日かかっても、すべて終了するまで、私が担当する。

ボランティアが多い救急隊員

患者さんが病院に行くと、救急外来の入り口にいる看護師が、患者を症状別に分けていく。赤は「危篤」、黄色は「命の危険はないが重症」、緑は「命の危険はない軽症だが痛みがある」、白は「救急外来での治療の必要はなくファミリードクターに見てもらうべき」。この判断がその後の医療行為に大きく影響する。
時には重症患者を運ぶ数台の救急車が同時に到着するようなカオスな場面でも、ベテランの看護師が、ビシバシと患者を振り分ける姿は、何だかとても頼もしく見える。

ドゥオーモのクーポラが見える救急病院

イタリアでは、慢性的に救急外来の医師が不足している。優先されるべき重症患者が多いと、捻挫や骨折のような大ケガであっても、待合室で何時間も待たされる。フィレンツェには、大きな総合大学病院が一つ、中規模の病院が三つあるが、総合病院では最近、軽症患者だけを診る部門を設立したため、この状況は少し改善されつつある

救急車はひっきりなしに到着する。イタリアでは、救急隊員のうち半分は年配のベテランで、残り半分は若手のボランティア。ボランティアに志願するのは、高校生や大学生が多い。一度、エレベーターなしのアパートで骨折をして歩けなくなった患者さんを、本当に若い救急隊員が、4階から1階まで、縦型の担架で、大汗をかきながら二人掛かりで手で運んでくれたこともあった。若い彼らは、救急の業務に携わりながら、医学の道に進むきっかけを見つけたりもする。

病院のホールはまるで美術館のよう

私が医療通訳として呼ばれるケースのうちほとんどは、その日のうちに検査や治療を受け、宿泊先に戻ることができる。だが重症のケースでは、入院をしなければならないことがある。入院が決まると、患者さんは治療をする建物の隣にある入院病棟へ移動する。入院病棟は基本的にすべて相部屋。たいてい4人部屋で、私が見るところベッドはつねに埋まっているように思う。

言葉がわからない旅行者にとって、たとえ数日間であっても異国の病院で相部屋に入院するのはかなりストレスフルな経験だ。私は一日中付き添うことはできないけれど、朝のドクター回診や、夕方の看護師との打ち合わせなど、必ず一日に1、2回は顔を出すようにしている。患者さんの毎日の状態、検査結果を日本の保険会社に伝えるのも私の仕事だ。

話し相手も役割のうち

「こんにちは」と扉の横から顔を出すと、患者さんは皆、とても喜んでくれる。病室担当の看護師からも、「やっと来てくれた! 聞きたいことがいろいろあったのよ」とお呼びがかかる。

医療通訳の役割は、単に通訳をすることだけではない。入院手続きの書類の確認、保険会社からの支払い保証の手続き、病院側からの医療情報の入手……と多岐にわたる。

入院になると、たいてい最初の数日は退院日が決まらない。早く帰国したい患者さんは、先が見えない状況の中、気落ちしてしまう。そんなとき、私は話し相手になって、気分が前向きになるように努めたり、日本語の本を差し入れたりする。

言葉がわからなくても、たいがい皆さん、とても順応性がある。入院して2~3日目になると、必要があれば自分でナースコールをしてジェスチャーで痛み止めをもらったり、トイレに連れて行ってもらったりしている。私がいなくても、看護師と直接コミュニケーションを取り始めるのだ。

次回は、実際のイタリアでの入院生活について、お伝えしたい。

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