世界で見た女性たちの「親の顔になる瞬間」

Photo by MARIA

世界中の紛争地や貧困地帯を巡って、その地に暮らす人々の生き様を取材し、執筆してきたノンフィクション作家の石井光太さん。子どもを産むこと、子どもを育てることを改めて問い直すために、世界各地のお産の現場に立ち会う旅に出た。『世界の産声に耳を澄ます』(朝日新聞出版)には、石井さんが見た世界のお産と子育てが描かれている。石井さんに話を聞いた。

「男なのに世界のお産の現場をわざわざ巡るって、かなりおかしいヤツですよね」と照れながら話す。取材とはいえ、当初はかなりの抵抗があったに違いない。それでも、なぜ、お産の現場にこだわったのか。

石井光太さん Photo by AKINA OKADA

それは石井さん自身が妻の出産に立ち会ったとき、一人の女性が母になる姿を目の当たりにしたからだった。

「妻は子どもが生まれた瞬間、母親の顔になっていました。それまでは、
“男と女としての顔”しか見たことがなかったわけです。それが、僕が見たことのない顔をした。女性は子どもが生まれた瞬間、社会的な顔でもなく、夫への顔でもない、独特の表情になるんですね」

子どもが無事に生まれてきたことに安堵し、慈しみの眼差しを向ける――。それはきっと数々の絵画に描かれている聖母マリアのような表情なのだろう。

Photo by MARIA

「僕が立ち会った海外のお産の現場でも同じでした。出産時に疲労困憊で気絶してしまった人であっても、翌日にはしっかり母の顔つきになっている。それが、親になるということなんですよね」

「顔つきがあなたに似ているわ」

石井さんは、別の取材現場での話もしてくれた。

「日本国内で、特別養子縁組の取材をしたときのこと。生後2、3日目の赤ちゃんと養父母が対面する場に立ち会ったんです。すると、養父母は赤ちゃんを抱いた瞬間、こんなことを言い始めた。妻が夫に『あら、あなたに似てるわ』と言い、夫が妻に『口元がお前に似てるな』と言ったのです。血がつながっていないことはわかりきったことなのに、それでもこんな言葉が自然に出てくる。

Photo by MARIA

自分が面倒をみないと死んでしまう小さな命を預かること。それが親の役目。だから生まれたばかりの赤ちゃんが目の前に置かれたその瞬間から、その子を愛おしく思い、親になるのでしょう。特に女性は男性よりも、親に変身するスピードが早い。人によって時間差はあると思うけれど、僕自身は『親になったんだ』と自覚が出るのに、少し時間がかかりましたから」

子どもは未来への希望

今回、世界の紛争地や貧困地帯を回りながら、「子どもの存在があるからこそ、頑張れる」という光景を数多く目の当たりにしたという。

「泥沼化した内戦が行われている中東にあるシリア。戦火を逃れて、隣国の難民キャンプに大勢の人たちが暮らしています。いつか故郷に帰れる日がくる――そんな想いを抱きながら。

とはいえ、親世代が生きている間には、すべてが復興され、以前とまったく同じ平和なシリアには戻らないでしょう。それでも子どもの世代でなら、昔と同じ平和な祖国に戻るかもしれない――。そう思えるからこそ、『いつか祖国に帰りたいね』と子どもに語りながら、難民キャンプでの日々を落胆することなく過ごせているのかもしれません。

子どもは、希望です。希望そのもの。過酷な状況にいる人にとっては、生きる支え、生きる気力の源といってもいい。それがあるから、どんな状況にあっても、頑張れる。どの国の親も、きっと同じですよね」

ミャンマーの賢母に学ぶ

ミャンマーの奥深い森の中で、石井さんは首長族の女性に会った。この部族の女性たちには、子どもの頃から首に何重もの銅輪をはめ、首を長くする風習がある。石井さんが会ったのは、8人の子を1人で育てた、孫もいる女性だ。

Photo by Kota Ishii

まだ子どもたちが小さかった頃に夫を亡くした。子どもたちを育てるために、その女性は14年間、中国との国境の町へ出稼ぎに行った。その町で、中国人観光客相手に踊りを見せ、写真を撮らせてお金を稼いだ。いわば自分を“首長族という見せ物”にして、子どもたちに仕送りを続けたのだ。

「8人の子どもを育て上げたこと自体もすごいのだけれど、この女性の子どもたちは、成人して学校の先生になったり、市役所に勤めたりしているのです。母自身は首長族をやることでお金を稼いだ。にもかかわらず子どもの首は長くせずに、現代的な教育を受けさせた。彼女の仕送りで、家も建てた。

未開の地に暮らす首長族の子どもが、学校の先生になったり市役所に勤めたりということ自体、なかなかない。すごい成功なんです。それをこのお母さんは軽々とやってしまった。どうして子どもの首を長くしなかったの? と聞いたら、『だって首は長くないほうがいいでしょう』とさらりと言ったんです」

頭で考えてやったことでは多分ない。子どもを育てるために必死で働く中で、直観的にそう思ったのだろう。「一生懸命生きている人のもとには、僕たちの理屈では考えられないような成功がぽっと手に入る。それが人生の面白さです」と石井さんは言う。(構成・文/中村陽子)

『世界の産声に耳を澄ます』(朝日新聞出版)

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