人工生命やアンドロイドから考える「心」のありか

私が小学校に入る頃には大学生だった秀才のいとこは、母の作る夕食を食べながら私に理科や算数を教えるため、毎週のようにわが家に来ていた。

教科書や参考書の中身を教えてくれればいいだけなのに、それは最初の10分くらいだけ。いとこの話は、救急車のサイレンが聞こえれば「音の干渉」に、小数点や単位の説明は気がつけば「無限大」や「ゼロ」の概念の解説へと変わり、今となっては上等な家庭教師だとも思えなくもないが、小学生の私にはやや迷惑で怪しいいとこのお兄ちゃんだった。

親戚の間では「たっちゃん」と呼ばれるこのいとこ、『人間と機械のあいだ 心はどこにあるのか』の著者のひとりである池上高志は、その後、複雑系や人工生命の研究者となった。研究成果をアーティストの渋谷慶一郎さんとのコラボ作品で表現したり、ベネチアの芸術祭で詩を発表したりといった活動もしてきた。

昔から、たっちゃんの話は早口で難しく、何を研究しているのかも、なぜアートなのかもずっと不明だった。しかし、この本を読んだ私の中では、急にたっちゃんへの理解と親しみが芽生えた。

人間とは何か

池上高志は、既存のどんな生き物にも似ていない「可能性としての生命」を追いかけてきた研究者らしい。人間らしい見かけを究極までそぎ落とすことを通じて、「生命とは何か」「生きているとはどういうことか」を考えてきた。規則を外れた気まぐれな動き、間違い、といった複雑さこそが生命の本質であり、人間どころかそのほかの生物らしい見かけを取り去っても生命は表現できるという考えに立つ。

一方、この本のもうひとりの筆者、石黒浩さんは、人とそっくりのアンドロイドを作ることを通じて、人間とは何かを追及してきた。機械にも人間らしい見かけやしぐさを与えてやれば、人間はコミュニケーションを取れるし、人間に対するような感情を抱くようになる。つまり、人間らしさを与えてやれば機械も生き物としてふるまうことができるし、生き物として人間社会にも受け入れられると考えている。人工生命に比べると格段に実用的で、わかりやすい。

Photo by MARIA

大学生の頃、これからの学問は生命科学が主流なのだろうが気が進まないと考え、生物の先生にメタなことをいろいろ聞いて嫌がられ、物理学に進むことになったという池上は、以下のように書いている。

「人は抽象的なものじゃなくて、徹底的に具体的なものなんだよ、と石黒さんのアンドロイドが僕に訴える。アンドロイドを見た時にドキッとして心が引っ張られ、原理よりも何よりも、アンドロイドのそこにいる感じにやられちゃう。そこに生命のプレゼンスがある。やっぱり生命とは見る側の心の問題なのか。それとも生命の元となる「まだ見ぬ原理」がどこかで見つけられるのを待っているのだろうか。今こそ実験して決着をつける時だ」

機械人間「オルタ」

本の表紙に写真のある、機械人間「オルタ」は、生命や人間に対する真逆のアプローチを持つふたりがコラボして作ったもの。オルタの機械仕掛けの脳はあえてむき出しにされているが、半跏思惟像のようなリアルな笑みは人間そのものだ。オルタからは音楽のような音が流れてくるが人間の言葉ではない。その代わりに距離や明るさなどの「場」を感知する複雑なセンサーネットワークが、もともと複雑な神経回路をもつアンドロイドにさらに複雑な動きを与え、動きは音と同期される。

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今までのアンドロイドは、人間に話しかけられたら何をどう答えるか、どういうタイミングで頷くかといったことを洗練させることで進化してきた。しかし、実際の人間というものは、話が聞こえれば必ず頷くわけではない。話を聞いていないこともあれば、わざと無視することもある。話しかけられていない時だって何かを考えている。

ところが、これと同じことをアンドロイドで再現しようとすると、センサーのエラーで人間の話に反応しないようにしか見えない。そこで、オルタには言葉を持たせず、でたらめに動いているように見えるが、精緻にプログラムされ、学習もするという高度なセンサーを幾重にも使って人間らしさを表現したのだ。

オルタ=Alter(「変わる」「変える」の意味)は、今年、第20回文化庁メディア芸術祭、アート部門の優秀賞を受賞した。

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人工生命にしろアンドロイドにしろ、この本を読むまでは私には関係のない「オタクな世界」というイメージがあった。実際、ちょっとはそうなのだとは思う。

しかし、この本を読んでわかるのは、人工生命にせよアンドロイドにせよ、「心」「意識」「自我」「愛」「命」といった人間の本質を真剣に考える哲学的作業であること。普通の人の理解を越えた理系のオタク遊びではなく、人間理解のための究極ツールだ!というわけなのだが、具体的な話は長くなるので次回に送る。

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