離婚してもそれぞれが“親”でいられるフィンランド

私たち家族が暮らしている5階建て集合住宅の一角は2LDKで、上下階はすべて同じ間取りだ。ファミリー向けの間取りだから、1階から5階までそれぞれ5組の子どもを持つ家族が入居している。一年ほど前、下の階に越して来た家族にはルカという保育園に通う男の子がいて、一つ年下のうちの息子(6歳)とすぐに仲良くなった。

ある日も、ルカがうちに来て、息子と遊んで帰っていった。夫が「ルカはお父さんのことを“お父さん”、お母さんのことを“ハンナ・カイサ”と呼んでいたね」と言う。ああ、この子の親もそうなのか、と私は思う。

ルカがこのマンションで一緒に住んでいるのは、ルカの父親と父親の再婚相手なのだ。フィンランドではファーストネームでお互いを呼び合うのが普通だから、父親の再婚相手を“お継母(かあ)さん”などと呼ぶ必要はなく、名前で“ハンナ・カイサ”とルカが呼ぶのはむしろ自然なこと。ルカは後に、「お母さんは別の場所に住んでいる」と教えてくれた。

今年は春の到来が遅く、今やっと雪解けだ。保育園の庭は雪解け水が大きな水たまりを作っていて、子供たちは泥んこになって山や川を作って遊ぶ

フィンランドの離婚率は高く、2016年は55.3%。この割合はここ20年ほど大きく変わっていない。この数字を裏づけるかのごとく、私たちの集合住宅に住む5組の家族のうち、3組が離婚を経た家族だ。

父、母それぞれと順番に暮らす

フィンランドに来て驚いたことの一つが、離婚後の子どものライフスタイルだ。日本では母親が子供と一緒に住み、父親には限られた時間だけ会う、またはその逆のケースが多いように思う。ここでは離婚後に別居した父親と母親のそれぞれの家に「1週間ごと」や「平日と週末で分けて順番に」といった具合で通って生活することが多い。

ルカは1週間ごとに父親と母親のところを行き来しているから、いつもここにいるわけではない。ルカと会えないとき、息子は少し寂しそうだ。上階に住むアルトさんも離婚している。3人の子どもたちがいるときはドタバタと家の中を走り回る音が響く。夏はサッカー、冬はアイスホッケーのクラブに通う子供たちを、車で送り迎えするアルトさんは忙しそうだ。それ以外の日はしんとして、ここに母親の姿はない。

保育園の一室。昼食だけでなく朝食も出してくれるから、働く親にとってはとてもありがたい。子供たちと先生が小さなグループに分かれて食事をとる。園内で唯一の男性である 園長先生もときどき加わる

“親の当番制”のようなライフスタイルが成り立つ背景には、別居するふた親ともが子ども部屋のある住居を持ち、かつ子どもを養う経済力と、家事育児をする時間や生活力がある、ということになるのだろうか。

フィンランドでは女性の就業率や平均収入が日本に比べてとても高い。だから、子どもを持つ女性が経済的に自立することはそれほど難しいことではない、とデータからは読める。それにフィンランドでは、会社勤めであっても、慢性的に残業や休日出勤をしなければならないような状況ではない。だから父親にも子どもと食事をしたり遊んだりと“生活をする”時間が、本当に毎日ある。

親であり続ける権利

子育ての助けになる制度も充実している。17歳未満のすべての子どもには、第1子の場合で毎月95.75ユーロの子ども手当てが支給される。加えて、離婚後に養育費を支払えない場合、国に援助してもらえる制度もある。離婚をするときに子どもの養育費がいくら必要であるか、調停により決定する仕組みがあり、支払いが滞れば援助を申請できるのだ。

保育園に通わせるにはおカネがかかるが、親の収入によって保育料が変わるので、失業していたり、学生で収入がなかったりすれば支払いは免除される。小学校から大学までの学費、小学校から高校までの給食費も無料だ。高校や大学に進むまでの経済的不安からは解放されている。

保育園の室内は、いつも季節に合わせた飾り付けをしてくれている。シラカバの枝に吊るされた春色の鳥たち

「もうこの人とは暮らせない」と思ったときや、夫や妻が自分の元を去ろうとするとき、子どもと暮らす生活を手放さなければならない、と片方の親が追い込まれるようなことは、フィンランドではまれなことなのだろう。離婚をするときに適用されるさまざまな制度は、まずは子どもの人権を守るために設立されていった。一方で、収入がない、もしくは少ない親でも、親であり続ける権利を守ってくれている、と私は思う。

そうあるべきだと思う。どんな親だって、子どもが小さければ小さいほど、今日はあの子がどんな無邪気な行動をして笑わせてくれるだろう、どんな小さな成長をみせてくれるだろう、って楽しみに思いながら家路を急ぎたいのだ。そういう幸せをみんなが知っていて、それを誰かから奪うことはしないでおこう、という配慮がこれらの制度が整えられてきた根底にありそうだ。

日本の社会で、“親の当番制”のようなライフスタイルが確立されるなんて、今は想像するのが難しい。だけど離婚したそれぞれの親が、親であり続ける選択肢がある社会は、ない社会に比べると明らかに人間の感情に寄り添っている。

選択できる社会に生きるフィンランド人の姿を想像すれば、「自分たちの生きる社会をどうしていきたいのか」、日本の人により具体的に考えてもらえるかもしれない。

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