心が傷つくと本当に「痛い」のはなぜ?

科学書から読み解く 私たちの“生きる知恵”

ゴールデンウィークも終わり、心もからだも何となくしゃきっとしないという人も多いかもしれません。そんな時こそ本を手にとって、刺激を求めてみませんか。

『触れることの科学』は、「触覚」について身近なエピソードを科学的なエビデンス(証拠)で解説する楽しいポピュラーサイエンスの本。前回のコラムでは愛撫など触覚で生じる快感をテーマに読みましたが、今回は「痛み」をテーマに読んでいきましょう。

「痛み」は、医師として、書き手として、私も強い関心のあるテーマです。特に、思春期の少女に接種する子宮頸がんワクチン問題の執筆を通じ(プロフィール参照)、高齢者のものと思っていた膝や腰などの慢性痛が、若い人たちの間でも広く見られることを知りました。

愛知医科大学学際的痛みセンター長・牛田享宏教授らが2012年に行った疫学調査(参照)によれば、半年以上続く慢性の痛みは、中学2年生(総数約400名)の18%、高校生(総数約600名)の14%に見られ、男女比は同じです。中学生では膝が多く、高校生になると腰が多かったそうです。

「痛み」は老若男女すべての人にとって決して無縁ではないのです。

愛撫も痛みも「脳」で感じる

痛みはどのように脳に伝わるのでしょうか。

痛みのセンサーは、優しく触れられた時だけ作動する愛撫のセンサー(前回記事参照)より単純です。構造も簡素で、表皮に強い圧力が加わるだけで素早く反応して脳に情報を送ります。つま先をいすの足にぶつけた時のことを考えてみましょう。ぶつけた瞬間に鋭い痛みが走った後、ズキズキとする第2波の痛みが遅れてやってきますね。痛みを伝える神経には、速いものと遅いものの2つがあるからです。

Photo by MARIA

しかし、筆者のリンデンによれば痛みも愛撫も、触れられたという情報を「脳で感じる」点では同じだといいます。愛撫では脳のポジティブな情動の中枢が活性化されるのに対し、痛みではネガティブな情動の中枢が活性化されることが実験で確認されます。

リンデンによれば、愛撫は心地よく感じられることを通じて人間の情緒成長や生殖活動にかかわり、痛みは不快に感じられることを通じて人間に危険の予期と回避を可能にしているとのこと。つまり、脳は触れられたことを「認知」するだけでなく、触れられた速度や強さに応じた「情動」の中枢を活性化させ、キャッチした触覚に意味づけを行うことで生命を守るよう働いているのです。

心の痛みとからだの痛み

とはいえ、脳にも、個性やコンディションがあります。

ある実験によれば、心が傷つきやすい人、特に人間関係で拒絶されると傷つきやすい人は、身体的な痛みを受けたときほかの人よりも不快だと評価する傾向にあるそうです。また、傷つきやすい人でなくても辛く苦しい経験をすると、痛みをより不快に感じるという結果が出ているそうです。慢性の痛みの治療で、精神安定剤が有効なのはこのためです。精神安定剤は痛みの認知そのものは軽減しませんが、痛みの不快さを緩和します。

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なるほど。ここまでは、経験からも何となくうなずけますね。でも、本当におもしろいのはここからです。

リンデンによれば、逆に、最近恋人に別れを告げられた人に元恋人の写真を見せる実験を行うと(本当にひどいことをする実験です!)、ネガティブな感情の中枢と一緒に、本来働く必要のない「身体的な痛みの中枢」まで活性化することが確認されるそうです。そして、薬との関係でいえば、頭痛や生理痛に使う痛み止めにも、心の痛みを軽減する効果があるといいます。

心の痛みとからだの痛みが、こんなふうに脳で連動しているとは!

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傷やけがが治ったのに続く慢性痛の原因も、足や腰などからだの痛む部分にあるのではなく、からだや心の痛みをきっかけに、痛み中枢が活性化したままになっている「脳」にあるとのこと。

触覚の複雑な情報処理をしなやかに行う脳でも、うまく働かないことがある――。これは「脳」のどこかに留めておきたい話ですね。

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