日本発の「母子手帳」が世界を救う

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妊娠するまでその存在をきちんと知らなかったにもかかわらず、子どもが生まれてからは、すっかり必需品となっている「母子手帳(母子健康手帳)」。

この母子手帳が、いま世界で注目されている。現在、アジア、アフリカを中心とした39の国や地域で使われており、パレスチナ難民にもほぼ行き渡っているのだそう。

しかし日本では、自分たちが当たり前のように使っている「母子手帳」が日本生まれだということはあまり知られていない。

「母子一体」という発想

母子手帳が生まれたのは今から約70年前の1948(昭和23)年。戦後まもない貧しい時代だ。当時貴重だった砂糖やミルクを、妊婦や産婦の人たちに加配するため、配給手帳として使われたのが始まりだという。

「戦後の物資がない中で、子どもを産む人、子育てしている女性に少しでも栄養を、と考えていたなんて、日本社会も捨てたもんじゃないですよね」

そう話してくれたのは、大阪大学大学院人間科学研究科教授の中村安秀さん。母子手帳を世界に広めるNPO法人「HANDS」の代表も務めている。

日本から海外へ広がる母子手帳 Photo by HANDS

海外諸国にも診察記録や成長曲線、予防接種歴を書き込む小冊子などの記録媒体が存在するが、「母子一体」の取り組みは日本だけだそう。

たとえば、フランスでは、母親には「女性健康手帳」が、子どもには「新生児・小児健康手帳」がそれぞれ配布される。Aさんが3人の子どもを産んだとしたなら、Aさんの女性健康手帳に3人分の記録が蓄積され、生まれた子どもたちには、それぞれの健康手帳が配布されるといった具合だ。

「個人主義が徹底しているフランス人は、母子で同じ手帳を使うなんて混乱は起きないのか!とびっくりしていました。それくらい“母子一体”という発想が発明なんです」(中村さん)

母子それぞれの保健医療記録と、妊娠、出産、育児の情報が1冊にまとめられているので、妊娠から出産、産後に至るまでの「継続ケア」が可能になる。また、医療情報が病院ではなく自分の手元にあるから、里帰り出産も可能だし、妊娠・育児のテキストとしても利用できる。

それが、数多くの妊娠中・産後女性、子どもたちが命を落としているアフリカやアジアの国々に広がった大きな理由だ。

Photo by HANDS

「母子手帳だけで、乳児死亡率(IMR)や妊産婦死亡率(MMR)を直接引き下げることはできません。しかし、母子手帳を通して、自分の体のことを知ったり、危険な状態がわかったり、知識が増えることで、お母さん本人の行動が変わってくる。今まではお医者さんに言われるだけでおしまいだった人も、自分から質問ができるようになる。つまり、母子手帳がお母さんをエンパワーメントしているんです」(中村さん)

国ごとにデザインも異なる

「日本の母子手帳は日本人のために作られている。どの国にも文化があり、慣習などもまったく違う。だから、そのまま翻訳しても、現地にはそぐわない」と中村さんはいう。

カラフルなインドネシアの母子手帳

たとえば、もともと妊婦カードと乳幼児カードを別々に配布していたインドネシアでは、1994年にある1つの州で導入したことをきっかけに、2004年には国の施策として全国に普及。現在では年間400万部を発行する母子手帳大国となった。インドネシアの母子手帳はとにかくイラストを多用していて、カラフル。小学校しか出ていないお母さんでも絵を見ただけでわかるように、とにかくわかりやすさを追求している。

7年前から母子手帳を取り入れたケニアの場合、導入の目的はHIVの母子感染予防のため。日本に留学していた小児科医がその発想を持ち帰り、米国がプロジェクト資金を出資して、HIV感染しているお母さんから赤ちゃんに、妊娠中および出産後に感染していないかを管理するツールとして導入された。

ケニアではHIVの母子感染予防として導入された Photo by HANDS

タイでは、日本と同じように少子化が始まっている。

「タイの母子手帳もカラフルで、かなりおカネがかかっている。だから、タイで母子手帳を作っている人に『印刷代だけでも大変なのでは?』と質問したら、『出産しようと決意してくれた女性に、行政からの最初のプレゼントが母子手帳なんだ。そこにおカネをかけないでどうする!』と言われました。日本から技術協力するだけではなく、他国から教えてもらうこともたくさんある」(中村さん)

親の子を思う気持ちは万国共通。どこの国でも、母子手帳に込められた母から子への思いは変わらない。

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