渋谷の主婦発“どこでもミルクプロジェクト”

Photo by MARIA

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「外出先で赤ちゃんが泣き、授乳場所を探して走り回った」「デパートの授乳室に行ったら満室だった」――赤ちゃんを育てた人の中には、そんな経験をした人も少なくないはずだ。かくいう筆者もかつてはそんな“授乳難民”の一人だった。

子連れで外出がしやすい街は確かにある。都内や近郊だと、二子玉川や代官山、武蔵小杉などは街がファミリーに優しく、子ども向けの施設や授乳室、おむつ替えの場所もたくさんある。しかしそんな街はほんの一部で、ほとんどは子連れに厳しい街ばかりだ。

生後8カ月の女の子を育てる家入紗織さん(32)が住む街、渋谷もその一つ。家入さんは日常的に子どもと一緒に街へ出るが、なかなか落ち着いた時間を過ごすことができないという。

Photo by Koichi Imai

Photo by Koichi Imai

渋谷の場合、百貨店や商業施設など数える程度しか授乳室がない。それも1施設に授乳スペースが1カ所というところがほとんどだ。平日はまだしも、休日ともなると混み合う。「なんとか授乳室に入れても、カーテンの向こうで待っている赤ちゃんの泣き声が聞こえて焦ります」(家入さん)。授乳室があると思い込んで訪れた美術館では「多目的トイレで」と言われて絶句。仕方なく外のベンチでこっそり授乳した。

とはいえ家入さん自身、子どもを産んで初めて授乳室不足に気づいたのだという。身近に赤ちゃんがいない人だと、お母さんと赤ちゃんの暮らしを想像することは難しい。子育てに協力的な街を作るには何かきっかけが必要だ。授乳室での体験をきっかけに、そんな思いが募っていった。

試着室を授乳に借りる

2016年9月、家入さんはインターネット上で資金を集めるクラウドファンディングを使い、「どこでもミルクプロジェクト」を立ち上げた。お母さんと赤ちゃんがお出掛けしやすくなるよう、街にもっと授乳室を作ろうという呼びかけだ。

とはいえ、授乳室を一から作るつもりはなかった。作るには莫大な費用がかかるし、資金を調達して授乳室を一つ作ったところで、根本的な解決にはならない。

家入さんはクラウドファンディングのサイト運営者とも相談し、アパレルショップの試着室を授乳室として使わせてもらうよう働きかけることにした。アパレルショップならお母さんと赤ちゃんがお出掛けする街にはたくさんありそうだし、試着室はパーティションで区切られたスペースだから授乳室としても使えそうだ。

クラウドファンディングを使って資金を集めることにした

クラウドファンディングを使って資金を集めることにした

店側にもメリットがある。たとえば渋谷の街は段差が多く、駅構内にもエレベーターが少ない。ベビーカーではなく抱っこひもで赤ちゃんを連れ歩くお母さんが多いから、アパレルショップでは試着しづらい。となると服を眺めはしても購入に至らないことがしばしばあり、平日の日中は試着室がデッドスペースになっている店もあるという。

もし試着室を授乳に使えるなら、授乳ついでに試着もできて服を買うお母さんが増えるかもしれない。店の試着室が授乳室として使えることがSNSや口コミで広まれば、イメージアップにもつながる。授乳室を使うために店に通ってもらううちにリピート客になってもらえる可能性もある。

イチ主婦の思いを全国へ

現在は引退しているものの、元々アニソンDJとしてサオリリス名義で活動していた家入さん。クラウドファンディングで「どこでもミルクプロジェクト」について呼びかけたところ、多くの賛同者が現れた。結果、47人の支援者から、目標金額の20万円を超える約27万円を集めることができた。

支援者の多くは、子育て経験者。「自分も同じ思いをした」「妻が苦労している」という人から、「昔、たいへんな思いをした」という人も。中には、このプロジェクトを機に、外出先で授乳をすることのたいへんさに気づき、未来の自分への投資として支援してくれる人もいた。

家入紗織さん

子育てをしながらプロジェクトを進める家入紗織さん

目下、家入さんは、クラウドファンディングで集めた資金をもとに、ホームページやチラシ、協力店の目印となるステッカーを制作中だ。この2月以降、ステッカーを持参して、協力してくれるアパレルショップを探すという。

「イチ主婦が渋谷の片隅で始めたことだけど、最終目的は、全国の同じ思いを抱いている人たちがそれぞれの街で立ち上がり、それぞれの地域に住むお母さんたちが少しでも子育てしやすい環境を整えること。このプロジェクトはそのきっかけになればいいと思っています」(家入さん)

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