おなかの赤ちゃんの「健康」って何だろう?

Photo by MARIA

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いまこの記事を読んでいる誰もが、もちろん男性である私自身も、実は妊娠を経験したことがある。

こんなことを書くと驚くかもしれないけれど、実はそれは“胎児として”の話。誰もが胎児としてお母さんのお腹の中で妊娠を経験している。

何カ月もの間、お母さんと一瞬たりとも離れずに過ごしているのに、でもそのお母さんとは生まれるまで会うことがない。妊娠とはなんとも不思議で神秘的で、尊いものなんだろう――。

そんなことを考えながら私は産婦人科医になった。そして、医療の現場で日々「命」に向き合いながら、さまざまな課題や違和感に直面している。

「健康」っていったい何?

妊婦健診でおなかの赤ちゃんの超音波検査をしていると、お母さんたちからよく聞かれることがある。

「おなかの赤ちゃんは健康ですか?」
「赤ちゃんに障がいはありませんか?」

生まれてくる子の健康を願う気持ちはごく自然なことなので、検査からわかる範囲で丁寧にお答えするように心掛けている。でも何げなく使われている「健康」や「障がい」という言葉の意味について、ときどき違和感を覚えることもある。

おなかの中の赤ちゃんが「健康である」ことを示すためには、あらゆる病気を網羅的に否定しなければならない。私たち大人が受ける人間ドックにたくさんの項目があるのを考えれば、通常の妊婦健診だけでわかることはとても限られていることがわかるかもしれない。

足のレントゲンを撮っても手の骨折がわからないように、また、脳ドックで大腸がんが発見できないように、一つの検査で何もかもがわかるわけではないのだ。

だから、妊婦健診で「おなかの赤ちゃんは健康ですか?」と聞かれても、「はい健康です」と即答することは難しいので、言葉を選んで、お母さんに安心してもらえるような回答をするしかないように思っている。

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実は、おなかの赤ちゃんが病気になる可能性があるというのは当たり前のこと。大人の私たちが一生健康であり続けるのが不可能であるのと同じで、おなかの赤ちゃんも“生物”として、生まれる前の約10カ月間に病気になることだってある。

でも、生まれた後に病気になるのは受け入れられるけれど、生まれるときに何らかの病気を抱えていることはなかなか受け入れられない。多くの人がそんな価値観にとらわれているように感じることもある。

問題はダウン症だけか

生まれたときに確認できる形態上の異常(胎児奇形)を持つ頻度は、20~25人に1人と言われている。とはいえ、通常の妊婦健診で行われる超音波検査だけでそのすべてを見つけるのは難しい。

多くの産婦人科医は、出生直後に治療が必要だったり、急変するような病気については、妊娠中に知るように心掛けているのが現状だけれど、赤ちゃんの異常を見つけるような検査は、あくまでも希望者に対するものと位置づけられている。

妊娠中のお母さんに出生前の検査について尋ねられ、「あらゆる病気を網羅的に調べるのは難しいけれど、何か具体的に気になっている病気があればお調べできるかもしれません」と言うと、ダウン症検査を希望される方が多くいる。

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ダウン症候群は心臓病を合併したり、知的障害を持ったりすることがあるので、お母さんたちが心配する気持ちはわかる。

でも、ダウン症候群を調べたい理由を聞いてみると、「ほかの病気は聞いたことがないから」「高齢だから」などの答えが返ってきて、ダウン症候群に関する知識をほとんど持っていないことが多い(注:高齢妊娠は確かにダウン症候群の可能性を上げることが知られているが、ダウン症候群の子どものお母さんの年齢を調べると高齢ではない場合のほうが多い)。

一方、ほかの病気についての不安はないのだろうかと尋ねてみれば、「ほかの病気は知らないから気にならない」「ダウン症みたいに重症なものだけが心配」などと返ってくる。

もはや「わが子の健康を願っている」というよりも「病名が独り歩きして、病名自体が社会的障がいとなっている」と感じてしまうのが正直なところだ。

産む・産まないの選択

2014年に、お母さんの血液だけで胎児に異常があるかどうかがわかる「新型出生前診断」が導入されてから、「産む・産まない」の選択を前提にその話が展開される場面が多く目につくようになった。

1996年に「優生保護法」から改正された「母体保護法」では、人工妊娠中絶は妊婦さんと配偶者の同意のもと、限られた条件下でのみ認めている。が、胎児の病気を理由とした中絶は、母体保護法の定める条件にはないものの、人工中絶手術が認められている2つの条件のうちの一つ「身体的または経済的理由により母体の健康を著しく害する恐れのあるもの」に相当するとして実施されている。

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そして、それ以上に私が違和感を覚えているのは、そのことが出生前の検査そのものの是非という議論につながっていること。「生まれる前に赤ちゃんの病気を見つけることは、命の選択につながる」という批判的な意見ばかりが強調されていることだ。

出生前検査の是非を問うと同時に、家族が「産めない」と考えるその理由を探ることのほうが、社会全体にとっては大切ではないだろうか。なぜ「産まない」という選択をせざるをえなかったのか、「産まない」という選択をしなくて済む社会とはどのようなものなのか――。

その課題に向き合わないかぎり、安心して妊娠・出産・子育てができる社会はつくれないと思っている。

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