朝ドラの主人公に元気をもらう

Photo by MARIA

最近、元気いっぱいの女性を描くことの多いNHKの朝ドラは、意外とはたらくお母さんを元気にしてくれる。そして、現在放送中の「わろてんか」は、私がかつて在籍していた吉本興業の創始者・吉本せいという女性がモデルということもあって、毎日録画して時間がある時はまとめて見ている。

このドラマが決まったこともあって、ある会社の広報から「吉本せい」についての原稿を頼まれた。吉本興業にいたからといって、20代の頃の私は創業者に特別興味があったわけでもなく、創業者のことにそんなに詳しいわけでもない。

「寄席が大好きで寄席小屋に入り浸ってばかりいる旦那に『そんなに寄席が好きなら、寄席小屋を作ってあげる』と、寄席小屋を作って大きくしたのが始まり」くらいしか知らなかった。今回、原稿を書くためにいろんな資料を取り寄せて吉本せいの人生を調べてみた。それはもう驚くほど、女性として波瀾万丈の人生だったようだ。

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1889年に生まれて、亡くなる1950年まで、明治、大正、昭和の終戦まで生きた。米穀商の林家の三女として生まれ、20歳の時に荒物問屋「箸吉」の跡取り息子・吉本吉兵衛に見初められて結婚。吉兵衛の継母から嫁いびりをされる。後々この嫁姑問題の話を楽屋で聞かされた人がたくさんいるらしい。

そして、夫の吉兵衛は、芸人大好きで寄席大好き。仕事もせずに寄席小屋に入り浸り、芸人を連れて飲み歩き、店を潰してしまう。そんな夫を連れて実家に帰り、「そんな男とは別れろ」と言われても別れず、「どうせなら好きなことで商売しよう」と寄席小屋を買った。

「好きこそものの上手なれ」という言葉があるように吉兵衛には、芸人を見る能力や寄席に来る人たちの気持ちがわかったのではないだろうか。寄席小屋は、繁盛していく。

そして2人の間には、8人の子ども(2男6女)を授かる。そして彼女は、子育てをしながら劇場を切り盛りする。ここまで書くと、多少の苦労はあっても仕事もできて、夫とビジネスできて子どもにも恵まれ、それなりに「幸せな女性」のイメージがある。けれども、運命は彼女に数々の試練を与えた。

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夫は、結婚14年目に37歳の若さで亡くなる。おそらくイケメンだった吉兵衛は、愛人の家で亡くなったという噂もある。そして、せいは子どもを育てるためにも必死ではたらく。弟たちにも支えられ事業は拡大する。

一方で、時代が理由でもあるけれど、8人の子どものうち成人したのは4人。その中でもたった一人の跡取り息子は、24歳で結核で亡くなってしまう。この一人息子の穎右(えいすけ)をせいは溺愛していた。彼に先立たれたせいの気持ちを考えるといたたまれない気持ちにもなる。「おカネも地位もいらないから、息子を生き返らせてほしい」。そんなことを思ったんじゃないだろうか。

賄賂、脱税事件で逮捕されたり、大阪大空襲で劇場の半分が焼けたり、せっかく手に入れた大阪のシンボル通天閣も焼けて、鉄を寄付することにもなったり……。悲しいこと苦しいことが山ほどあったはず。なのに、最後まで笑いにこだわり続けて、弟たちと演芸王国をつくりあげた。

朝ドラは、どう描くかわからないけれど、こちらは現実のせいの生涯。調べれば調べるほど、波瀾万丈な人生に、「彼女の人生は、幸せだったのだろうか」「何が彼女をここまで動かしたのだろう」などと、いろんなことを考える。そして、現代と照らし合わせてみる。

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イケメンで明るく楽しい夫。でも、モテ過ぎるし、好き勝手ばかりやっている。そんな夫を許してしまう妻。一方で仕事も子育ても意外と楽しんでいるかも。子どもが嫌いなら8人も産まなかっただろうし、それなりに夫と仲良かったはず。でも、夫亡き後も、きっと、お金を稼ぐ楽しみがあったはず。

あくまでも想像で、本当のことはわからない。でも、事実を並べてみるだけでも、
「私なんてまだまだ恵まれているかも」
「まだまだ幸せでやれることがあるかも」
「せいの逞しさを見習ってみようかなあ」
などと思わせてくれる。もちろん、吉本せいに興味があれば、彼女に関係した小説、書籍はたくさんある。それぞれがいろんな角度で書かれていて興味深い。それでも歴史小説。彼女は、もうこの世にいない。どこまで本当でどこまで作られた話なのか読む人が想像するしかない。

そして、朝ドラは朝ドラで脚本家が描く世界になり、その性格上、いろいろ事件は起きるけれど明るくスッキリする構成で作られている。はたらく女性に元気をくれる。たまには、朝ドラを見てみるのも悪くない。

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