93歳・現役助産師の「ライフ・シフト」的生き方

「不思議に思ってんねん。なんで、こんなしわくちゃなおばあさんになってから、みんな訪ねてきてくれるんやろ」――。和歌山県田辺市にある坂本助産所。現役最高齢の助産師として著書『大丈夫やで』などで知られる坂本フジヱさん(93)が、にこっと可愛らしい笑顔で首をかしげた。

4000件以上のお産に携わってきた経験を生かし、著書やテレビのドキュメンタリー番組、雑誌などで、妊娠や出産、子育てについて、ざっくばらんに語ってきた坂本さん。その言葉は多くの人を勇気づけ、遠方からわざわざ訪ねてくる人も跡を絶たない。そんなふうに坂本さんが全国的に知られるようになったのは、80代後半のことだ。

誰かの役に立てる喜び

私の祖母は坂本さんの古くからの友人で、何かあれば“ふじやん”と呼んで頼りにしていた。その祖母は今年亡くなったのだが、坂本さんは93歳になる今なお、生きがいを持っていきいきと、日々、エネルギーに満ちて暮らしている。なぜ、そのような生き方ができるのか――。人生100年時代と言われる今だからこそ、坂本さんから学べることは多い気がして、久しぶりに助産所を訪ねた。

坂本さんは、自宅を兼ねた助産所で暮らしながら、健診や相談に訪れる人を出迎えている。少子化の影響もあってお産の数は減ったが、坂本助産所で産みたいという人は絶えない。ほかに2人の助産師さんが手伝いに来ていて、助産所の仕事を支えている。お産があるときはもう1人助産師さんが加わり、4人体制で“チームふじやん”を結成するという。お産は夜中が多いが、坂本さんも立ち会い、長い時間、妊婦さんの腰をさすったり、励ましの言葉をかけたりサポートに徹している。

著書を読んで、子どもの成長に不安のある人が悩み相談に来ることもあれば、将来助産師になりたい、という学生が話を聞きに来ることもある。

「この年まで仕事をさせてもらっているって、ほんまにありがたい。でもな、もっと言えば、生きているだけで、なかなか、ありえんこと。だから、嫌なことがあっても、生きているだけで、ええやないかって思う。こんな私で役に立つんやったら、いくらでも話をさせてもらう」(坂本さん)

103歳まで支払う30年ローン

最初に坂本さんが助産所を開いたのは、梅林の広がる山あいの地域だった。23歳で産気づいた妊婦さんの家に出向く出張助産師として開業したのち、25歳で結婚。自宅に助産所の看板を掲げ、梅とお米を作っていた嫁ぎ先の農家仕事と2人の子どもの子育てをしながら、仕事を続けたという。

Photo by MARIA

徐々に自宅ではなく、病院に入院して出産するスタイルが広まってきたこともあり、52歳で自宅の一部を分娩と入院ができる施設に改装。同居していた義両親の介護なども経て70歳を過ぎたころ、そろそろ引退しようかと思った矢先、転機がやってきた。病院に勤める若い助産師さんが「いつか自分の助産所を開くため自然分娩について教えてほしい」と坂本さんのもとを訪れたのだ。

開業助産師が高齢化している現状を見て、「そりゃ、なんとかせなあかんな」と思った坂本さんは、もっとお産の多い市街地へ助産所をうつすことを決意。当時、なんと73歳。驚くべきことに、新しい助産所を作るため、息子さんが保証人となって借りたお金は30年ローンだったそうだ。

70代の“エクスプローラー”

100年時代の人生戦略として話題になった本『ライフ・シフト』には、「何歳でもエクスプローラー(探検者)になれる」と書かれている。とりわけエクスプローラーとして生きるのに適した年齢は「18~30歳ぐらいの時期、40代半ばの時期、そして70~80歳ぐらいの時期」だそうだ。

『ライフ・シフト』とこの8月に発売されたばかりの自伝『産婆フジヤン』

70代がエクスプローラーに適した時期、というのを読んで少し驚きを感じたが、坂本さんの人生はまさにそう。『ライフ・シフト』では70代をエクスプローラーとして生きられれば、見違えるほど若さを取り戻し、活力の回復が大きく後押しされるかもしれない、と書かれている。

長寿化時代を生きるカギとして、著者のリンダ・グラットンが説いているのは、友人関係や知識、健康といった目に見えない無形の資産だ。坂本さんは助産所を移転させた当時を振り返り、「おかしな話やけど、借金はどうにかなるやろって、気にならんかった。借金のことを第一に考えていたら、今ごろ、命はなかったと思う」と言った。

移転して後進の指導にあたったからこそ、70代にして新しい扉が開かれた坂本さん。しかし、そのためにお金を借りられたのも、助産所を継続してこられたのも、グラットンが言う「高度なスキルと知識」、そして「人的ネットワーク」といった無形の資産があったからだと思う。

Photo by MARIA

『ライフ・シフト』には、アイデンティティが重要だとも書いている。人生で多くのステージとキャリアを経験するからこそ、すべてを貫く“一本の柱”をしっかり持つのが必要だ、と。

坂本さんの場合は自然と、助産師の仕事を柱として人生をかけ、無形の資産を育ててきたのだと思う。私たちも自分の柱を持ち、目に見えないものを大事にする生き方が、今後の人生をいきいきと過ごす大きなポイントとなるはずだ。人生100年と考えれば、その「ライフ・シフト」は、今からでもきっと遅くない。

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