子育てが教えてくれた「新しい視点」の持ち方

Photo by Fumishige Ogata

未就学児から中学生までの5人の子どもを育てているわが家では、年度の後半は、小中学校入学や保育園の継続、学童保育の入所・継続に伴う手続きでてんてこ舞いだ。

昨年秋から今年の年明けにかけては、下の3人の子どもたちの保育園や学童保育に関する書類が、自治体の各担当部署から別々のタイミングで届いた。書類の書式はまったく同じなのだが、役所の中の提出先が違うため、勤務先に同じ書類の作成を3回も4回もお願いすることになった。子どもが違っても同一世帯なのだから、役所内で情報共有してくれたらいいのにと思う。

効率を追求したのに効率が悪い?

組織が縦割りに細分化されている様子を「サイロ」と呼ぶ。サイロは牧草や飼料などを入れる縦型の貯蔵庫のことで、日本だと北海道などで見かける。それぞれの組織――サイロごとの効率を追求するあまり、全体として効率が悪くなってしまっている問題を指摘した本、『サイロ・エフェクト』を読んだ。

サイロ。牧草や飼料、農作物などを入れる縦型の貯蔵庫

著者のジリアン・テットは、フィナンシャル・タイムズ紙アメリカ版の編集長を務めた経験を持つジャーナリストで、元は文化人類学者という顔を持つ。ジリアンは、大手金融機関や官僚組織といったさまざまな事例を観察してこの本を執筆した。

彼女によれば、巨大で高度な知識や経験を必要とする組織において、専門家たちがサイロを作ってグループの中に閉じこもってしまっているのは極めてよくあること。そして、こうしたサイロは、現代社会のありとあらゆるところにあるのだという。

3.11で見たサイロ

東日本大震災のあと、私は産婦人科医として妊産婦さんと赤ちゃんの支援をしに被災地をまわった。

そこで目の当たりにしたのは、自治体や保健所、医療、行政、教育といったさまざまな関係者が別々に活動する姿だった。専門家たちはそれぞれの分野でサイロを作り、ばらばらに頑張っていたのだが、肝心の妊産婦さんは、サポートを受けるたびに何度も同じような質問に答えなければならず疲弊していた。

Photo by MARIA

それまで病院の中だけで仕事をしていた私は、自分にも地域や自治体との連携という発想がなかったことにも気づかされた。妊産婦さんや赤ちゃんのように多様なサポートが必要な住民を支えるためには、部署同士の交流や部署の枠を越えた情報の共有が必要であり、震災のような緊急事態では特に、専門家がサイロに閉じこもっていてはダメなのだと痛感した。

子育てで新しい視点が加わる

さかのぼってみれば私自身、東日本大震災を体験する前に、「サイロ」に気づくための学習はしていたはずだった。

2009年当時、留学していたハーバード公衆衛生大学院では、さまざまな部署や職種の壁を越えてまとめる「メタ・リーダーシップ」について学んだ。そこでは専門家が自分の専門領域にいるだけでなく、自分のサイロを飛び出して行政や教育、メディア、民間企業の分野の人とも対話し、コラボレーションすることが大事だと教わった。

ここで大切なのは、視点を変えること。「相手はどう見ている?」と常に相手の視点で物事を考えたり、居心地は悪くても新しい出会いや発見を求めて、自分から違う場所に出かけていったり。

筆者近影。5人の子どもの母としてさまざまな視点を身に付けてきた Photo by Fumishige Ogata

その意味で子育ては「視点を変える」のにもってこいの立場。親になるだけでも新しい視点が加わり、それまで気づかなかったことを敏感に感じ取れるようになる。

医療機関や役所、保健センター、子育てサークルに幼稚園や保育園、小学校、学童保育と、子どもの成長につれて新しい出会いがあり、仕事とはまったく異なる世界を体験する。家族や趣味など個人的な話をしながら、丸みのある人間関係を作れる。

私は子どもを通じて得た世界の広がりのおかげで、今ではどんなに縁遠い分野の人とでも、すぐに打ち解けられるようになった。相手の価値観と自分の価値観が違うときでも、共通点を見つけ、自分に期待されている「役割」や「目標」を確認するすべが身についてきた。

サイロを渡り歩くには

今、私は自治体の行政医師として活動しながら、震災の支援活動で学んだ教訓を生かそうと、妊産婦健診や乳幼児健診、医療やお薬情報のデータを一元化できる新しい電子母子手帳ツールの可能性を探っている。

この取り組みが進めば、保育園や学童保育にかかわる手続きは、同じ家庭から役所に同一の書類を提出すればよくなり、行政の負担も減る。自宅から学校までの地図や予防接種記録も、スムーズに取り出せる。乳幼児期に60回以上も受けさせる予防接種の問診票だって自動で記入できるようになるかもしれない。

Photo by MARIA

電子母子手帳は非常事態への備えとしても大きな力を発揮する。さらに、医療機関や自治体、保育園などが個別に管理していたデータがまとまって見られるようになることで、自分の健康管理を主体的に考える材料にもなるはずだ。サイロという壁を取り払えば、分散されていた情報がまとまり、人生を自分の手でコントロールできるようになるのだ。

ジリアンは、高度に複雑化した現代社会でサイロを完全になくすことはできないが、サイロにとらわれない生き方をすることが大事だと説いている。

サイロを柔軟に渡り歩いてさまざまな立場の人と情報を共有すれば、新たな視点を持てるようになり、自分が生きる社会のシステムを俯瞰できる。子育てや趣味、ボランティアといった、仕事とは違う多様な経験から得られる幅広い視野や、さまざまな役割を行き来することのよさを、次世代にも伝えていきたい。

  • この記事をシェア
トップへ戻る