「もったいない」を捨てれば道は拓ける

5児の母であり医師・研究者である吉田穂波さんのブックコラム。子どもを持つお母さんにとっても『7つの習慣』(スティーブン・R・コヴィー著)から学ぶことはたくさんあります。3回目となる今回のコラムでは、ものの見方を変える大切さについて語っていただきました。

『7つの習慣』の「パラダイムと原則」というパートに、こんなエピソードが載っている。

地下鉄の車内に乗り込んできた親子。子どもたちは大声で言い争ったり、物を投げたりしているのに、一緒にいる父親は注意しようとしない。コヴィー氏の視線に気づいた父親から、意外な言葉が返ってきた。「子どもたちの母親は先ほど病院で亡くなったばかりで、動揺を抑えきれずに迷惑な態度を取っているのかもしれない」。それを聞いた瞬間、親子に対する感情、行動が180度変化した。あわれみの気持ちがあふれ、力を貸してあげたいと思うようになった……。

筆者近影 Photo by Fumishige Ogata

『7つの習慣』では、ものの見方(パラダイム)ががらりと変わることを、「パラダイム・シフト」と呼んでいる。いつも見ている世界は、自分自身の考えや過去の経験に基づいている。ものの見方が変われば、取り巻く世界は大きく変化して見える。

過去のキャリアは気にしない

この春、私は神奈川県の行政医師へ転身した。病院や研究所での仕事から、直接住民に関わる保健医療の現場に出て行き、地域住民の健康のためにはたらきたいという気持ちがあっての転身だったが、自治体の職員になるのは初めてのこと。

医療現場から離れることには不安があった。医師としての感覚が失われないか。研究は続けられるのか。転職は自分にとってベストな決断なのか……。悩んだ私は、自分にとって最高の状態とは何かを書き出してみることにした。

Photo by MARIA

私が書き出した「最高の状態」は、私がいて役に立ち、喜ばれる仕事に就くこと。講演や執筆依頼を受けられること、妊娠中のお母さん、おなかの中の胎児、そして子育て中の親をも含めた人々の健康を守ること、産婦人科医の専門性を発揮できること。中でもいちばん重視したのは、次に携わる仕事で医師としての専門性を発揮しつつ、母子保健の研究を続けられるのかということだった。

不器用な私は、研修医時代も同期の10倍ぐらい苦労して技術を身に付け、おカネをかけてアメリカ留学をし、子どもを育てながら必死にはたらいてきた。自分の勉強のために家族に負担をかけたり、多くの人に助けてもらったりしたからには絶対にいい仕事をしたかった。研究者としての強みや専門性を生かす仕事をしたいけれど、自治体職員は私にとってまったく新しい領域。過去のキャリアへの愛着を抱えながら、何ヶ月も迷っていた。

Photo by MARIA

しかし、キャリアメンターとして最も信頼している先生から「これまでの苦労や築き上げてきた成果は、サンクコスト(埋没費用)ともいえるんですよ」と言われてハッとした。

サンクコストというのは、過去に投資してきて、もう取り戻せない“費用”のこと。

皆さんも、思いつきで商品を手に取ってレジの長い列に並んだものの、だんだんその商品が欲しいとは思えなくなってからも並び続けたという経験はないだろうか。「ここまで並んだのだからもう少し我慢しよう」と並び続けるのは、取り戻せない時間を「もったいない」と思っているから。子どもが自ら望んで始めた習いごとに興味がなくなっているのにもかかわらず、「高い教材を買ったのだから」と無理に続けさせるのも、サンクコストに影響された結果。何をしたいかを決めるときにはサンクコストを無視したほうがいいのに、「もったいない」と考えて判断が鈍ることはよくある。

私が過去のキャリアや投資したお金と時間にしがみついていたのも、このせいだった。キャリアメンターにこれまでのキャリアをサンクコストと指摘してもらった瞬間が、私にとっての「パラダイム・シフト」だったのである。

立ち位置を変えてみる

自分の人生をもう一度考え直そうと思った私は、自分の「最高の状態」を探すために、キャリアチェンジに役に立つとアドバイスされたことをいろいろ試してみた。やっていて楽しくて、自分の強みが生かせて、人の役に立つこと。これら3つを掛け合わせられる仕事は、医療現場を離れても見つけられるのではないか、と考えられるようになった。

悩みに悩んで決断して転職した今、まわりに医師が少ないからこそ、自分の専門性がより際立つことがわかった。これまでは医師がたくさんいる環境だったから、医師であることは珍しくもなんともなかったが、少数派になったことで、自分の価値を発揮でき、これまで以上に貢献できる。立ち位置を変えてみるまで、そのことに気付かなかった。

Photo by MARIA

何かの本で「居心地がよくなったら次のステージに移る時期だ」という話を読んだことがあるが、今回の転職も、私にとってベストな選択だった。

読者のみなさんも、人生の行き先に迷い、出口が見えなくなることもあるだろう。

そんなときは、まず、「誰に相談したらいいだろう?」と考え、本を読んだり人に話したりするといい。自分に「この悩みの種って、本当に自分にとって必要なものなの?」「私が本能的に求めていることって何だろう?」などと問いかけてみるのもいい。そうしているうちに「パラダイム・シフト」に出合えるだろう。その経験は、あなたの人生をもっと豊かにしてくれるはずだ。

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