いくつになっても子どもは子ども

Photo by MARIA

子育てをしていると、「いつになると楽になるのだろう」「いつになったら、子育てから離れられるのだろう」と思うはず。かつての私もそうだった。

最初は早く首が据わってくれたらいいと思っていた。首が据わってハイハイを始めたら、目が離せなくなった。歩き出したら歩き出したで、ハラハラする。「早く、学校に行ってくれないかなあ」「早く、1人でなんでもできるようになってくれないかなあ」と、いつもぼやいていた。

そんな時に3人の子育てをしている先輩からこんな言葉をもらった。「子育てなんて永遠に終わらないわよ。今は『手がかかる』と思っているでしょ。でも、手がかからなくなったら『おカネがかかる』。そして、何歳になっても『気にかかる』でしょ」。

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本当にその先輩の言ったとおりだった。「やっと少しは手がかからなくなった」と思ったら、塾や習い事やなんだかんだとおカネがかかり出す。「うちの子は、塾も習い事も別にやらす気ないから」などと豪語していたにもかかわらず、「ピアノ習いたい」と娘が言い出すと、親バカな私は「本人がやりたいならやらせたほうがいい」「万が一、娘に音楽の才能があるなら、ここでその芽を摘み取ってはいけない」と、習わせることに。残念ながら、言い出した本人は、数カ月もすれば飽きてしまって、すぐにピアノは卒業。

友達とけんかした。仲間外れにされた。テストの点が悪い。数学ができない。気になることは山ほどできてくる。「わんぱくでもいい。たくましく育ってほしい」などと思うようにしていたけれど、勉強も友達も気になる。

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こちらが望みもしないのに、本人は中学から私学を望んだ。またまた親バカな私は、「本人が行きたいなら」と志望校に行かせる。学費もかかるし、交通費もかかる。それだけじゃない。学校行事も盛だくさん。クラブ活動にもおカネがかかる。合宿だけでなく、ほかの部の応援に行くための経費などというものも必要になったりする。しかも、勉強について行けなくなって家庭教師をつけてみたり。「ほんまにいつになったら、おカネがかからなくなるのだろう」と、ため息が出そうになった。

気掛かりはなくならない

年頃になると、違う気掛かりができてくる。「彼氏ができた」と言われれば、「どんな彼氏なんだろう」と気になるし、「彼氏と別れた」と言われれば、「なんで別れたのだろう」とまたまた気になる。私の母親もこんな気持ちで私を育ててくれたのかなあ……と思うと、少しだけ自分勝手ばかりしていた自分を反省。

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就職がなかなか決まらない。就職した会社を辞める。転職活動をする。「あんたの人生はあんたの人生なんだから、勝手にしなさい」と言いながらも、「不幸にだけはならないでほしい」と、いろんなことが気になる。

そんな娘ももうすぐ30歳。やっと結婚してくれた。ここで安心なはずだったけれど、結婚したら結婚したで、「彼とうまくやってくれるかなあ」「うちの子、わがままだしなあ」などと、いろいろと気になってくる。

何歳になっても

最近、私の友人の男性が亡くなった。55歳。大学時代のサークル仲間だった。通夜で彼のお母さんが言った。「なんで、私よりも先に逝ってしまったんだろう」。そんな姿を見ると、やっぱり、子どもが先に逝くほどの親不孝はないとつくづく思う。この超高齢社会では、確かにあの世に行く順番もだんだんわからなくなる。そうなると、娘や息子の健康の心配をしている人も多い。

仕事柄、健康食品の会社にもよく講演に行く。「私たちは、体の健康の話をするから、大谷さんは、心の健康の話をしてください」と頼まれる。そんな健康食品の利用者さんたちと話していると、「息子がアトピーなんです」「娘が体が弱くて」と、子どもの健康の話をする人も多い。

ところが「お子さん、何歳なんですか?」と尋ねると、40歳、50歳だったりする。やっぱり何歳になっても子どもは子ども。生き方も健康もいろんなことが気になる。そして、子どもの幸せを祈っている。

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