生きていてくれれば、それだけでいい

Photo by MARIA

子どもが生まれる時は、私だけでなく、きっとみんな「無事に生まれてくれたらどんな子どもでもいい」と思ったはず。無事に生まれてきた子どもを抱いて「勉強なんてできなくてもいい、素直に育ってくれたらいい」「わんぱくでもいい、たくましく育って欲しい」と思ったはず。

なのに、人間って贅沢。子どもが成長するにつれて、親の欲が出てくる。そして、つい他人と比べたりしてしまう。

私もそうだった。「無事にさえ生まれてきてくれたら何も望まない」と、思ったはずの娘だったのに、
「なんで、できないの」
「宿題、早くしなさい」
「いいかげんに覚えなさい」
「やればできるでしょ」
「ちょっとは、やる気を出しなさい」
と、いつのまにか叱咤激励するようになっていた。

それだけじゃない。「なんで分からないの」「そんなんだから、いつまでたってもできないのよ」と、子どもを責めたりもした。

そんな時に、私の母は自分の子育ては棚に上げて、「どうしてあなたはそんなに厳しく子どもに言うの」と、私を怒った。不思議なもので、自分が子どもに厳しかったことはすっかり忘れてしまっている(笑)

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ほんま、順番なのかもしれない。それでも、子どもが熱などを出してしんどそうにしていたら、またまた「何もいらないから健康でいてくれたらいい」と思う。なのに、病気が治って元気になったら、また、できないことが目についてイライラしてしまう。

私の友人は、5歳の子どもを病気で亡くした。その友人が子育てでイライラしている私に対していつも「生きているだけでいいじゃないの。それがいちばんの贅沢だよ」と言った。そして、そのたびに素直に、「そうだね」と、反省させられた。

そんな友人もそのあと、2人の子どもに恵まれた。塾に通わせ、家庭教師をつけて「そんなんじゃ、志望校に行けないでしょ!」と、イライラしている。「ほんまに、子どもは、思い通りにならないわ」と、落ち込んでいる。

「あんた、生きてるだけでいいって、言ってたじゃん」と言っても「そんなこと言うけれど、やっぱりちゃんと志望校に行ってほしいわ」と笑っている。その気持ちもわかる。 元気だとついいろいろ望んでしまう。

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そんな中で、ここ数年、ちょっと嫌なことが続いた。娘の同級生が脳梗塞で亡くなった。まだ20代だ。お母さんは、お葬式にウェデングドレスを彼女に着せた。私の友人の娘が入院した病院では、25歳の女の子が運ばれてきた。夫婦げんかして夫に首を絞められた。そしてそのまま逝ってしまったという。そして最近、知り合いの息子さんが20代で自死。

そんな出来事がいくつかあると、やっぱり考えさせられた。「無事に生きていてくれたらそれでいいよなあ。多少わがままでも、言うことなんてきかなくても、元気でいてくれるのが何よりだよなあ」。真剣にそう思っている。

なのに、顔を見て、ささいなことで言い合いして、「私は、ママとは違うから」などと生意気なことを言われると、やっぱり腹立つ。「勝手にしなさいよ」などと、言いたくなる。

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そして子どもは、何歳になってもわがままだ。子どもの時も「あれしたい」「これほしい」と、だたをこねたりした。友達のところに入り浸ったり、勉強もせずに遊びまわったり、好き勝手する。何度も「いいかげんにしなさい」とキレた。でも、けんかできるのも生きているから。腹立つのも生きているから。やっぱり、子どもには長生きしてほしい。

親より先に逝ってしまうことはいちばんの親不孝。その言葉を噛み締める。でも、やっぱりイライラさせられる。ほんま、親子でごきげんは、永遠のテーマかもしれない。

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