“ライフ・シフト”できる底力の作り方

Photo by Fumishige Ogata

医師であり研究者であると同時に、5人のお子さんの母でもある吉田穂波さん。“100年ライフ”の生き方を示唆してくれる本『ライフ・シフト』を読んで気づかされた点がたくさんあるそうです。今回の読書コラムは、「私の人生は『ライフ・シフト』そのもの」「新しい環境があなたの“資産”を作る」「人の役に立つことは健康にもいい」に続く最終回。子育て中の女性がどんなふうにアクションを起こせばいいか教えていただきました。吉田さんには今後も、ご自身の経験に照らしたさまざまな本のコラムを届けていただきます。

これからの時代は100歳以上まで生きることが珍しくなくなる。そんな100年ライフの生き方を指南してくれる本、『ライフ・シフト』は、おカネや家といった形ある資産よりも、人的ネットワークや健康といった形のない資産が重要になると示してくれている。

もちろん、おカネなど目に見える資産も重要なキーワードの一つとして書かれているが、私が日々研究し実践している時間の使い方や、健康に関する科学的な研究結果がふんだんに織り込まれていて印象深かった。

人生が100年もあると、途中で別の道、また別の道へと方向転換することが必要になる場合もある。新しいことを始めるときは誰もが初心者。自分の力だけではうまくいかないとき、どのようにして人的ネットワークを増やせばいいのだろうか。

助けられ上手になる秘訣

人的ネットワークは自分が困ったときに広がることが多い。アメリカに留学していたとき、大学をあげての「名刺交換パーティー」がよく開かれていたが、英語に自信がなかった私はなかなか積極的に出て行くことができなかった。でも、どうしても困ったときには、思ってもみなかった力が出るものだ。

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名刺交換をしただけでは知り合いレベルで終わってしまうことが多いけれど、切羽詰まったときに相談すると人脈が広がる。

アメリカでは家族5人の医療保険だけで年間120万円、子ども3人の保育料だけで月に50万円もかかる(!)といった想定外の出来事がたくさん起こった。そんなとき「どうやって乗り切った?」「どこの誰を訪ねていけばいいのか教えてほしい」と相談したことで、友人・知人とのきずなが強くなった。

感謝の気持ちは言葉にする

勉強面でもそうだった。英語のネイティブではない私が、アメリカの大学院で英語の授業についていくときは、どんなに神経を研ぎ澄まして聞き漏らすまいと集中していても授業が先へ進んでしまう。そうしたときにも、人を頼ることでサバイバルしてきた。

私が勉強に集中できたのは平日の朝8時から夕方6時まで、3人の子どもたちが保育園に行っている間しかなかった。だから授業中は「今、この時間しかない」と真剣勝負だった。

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何しろ、子どもたち3人をひと月(平日20日)保育園に預けるだけでも50万円かかったのだ。1日当たり2.5万円、1時間2000円以上を自分の勉強に投資している計算になる。きっと、「夕方のお迎えの時間までに絶対解決しなければ」と、鬼気迫る顔で質問していたに違いない。

先輩にしろ同級生にしろ、多くの課題やテスト、レポートを抱えているから、私を助けることに対するメリットはまったくなかった。そのうえ、専攻していたジェンダーや倫理、メディア、政策といった分野について私はまったくの素人で、質問する英語すらたどたどしい。何度も「時間を割いてもらっては申し訳ない」と相談するのをためらうこともあった。

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しかし、大学院のカリキュラムは一回一回の授業ごとに飛躍的なスピードで進むため、授業の中身を理解できないままでは次に進めない。相手の心の中にある「誰かの役に立ちたい」というやさしい気持ちに甘えさせていただこうと腹をくくり、感謝の気持ちをはっきりと表すようにした。私が返せるものは、大喜びと感謝の気持ちくらいしかないのである。大げさに思われるくらい感謝の気持ちを言葉にし、機会があるごとに相手の配慮やサポートに対する敬意を表すことだけは徹底した。

ギブ&テイクは「テイク」から

こうして自分が何度も助けられたことで、困っている人を助けたいという気持ちがよりいっそう強くなった。自分が受けた優しさを今度は誰かに返そう、Pay forward(恩返し)しよう。そうした思いから、今では留学してくる後輩や友人たちに惜しみなく手を差し伸べることにしている。

自分が助けてもらう経験をするとほかの人を助けやすくなる。心細い思いをしているときに助けてもらうと、それがどんなにありがたいことか実感できる。そうすると自分も誰かに手を貸すことができるようになる。「ギブ&テイク」という言葉があるけれど、テイク(助けられる)から入っていいのだ。テイクから入るほうが、自分に感謝の気持ちが芽生え、人にギブ(助ける)しやすくなることもあると感じた。

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そう考えてみると、われわれ子育て世代の“助けられる素質”がとても役に立つ。私の研究テーマでもある「受援力」は困ったときに助けを求めサポートをこころよく受け止める力のこと。お母さんたちは受援力を付けるチャンスに恵まれている。誰かに「助けて」と言うのは意外と難しいけれど、子育て中には助けてほしい場面が毎日のように出てくるからだ。

たとえば一日中、あちこちの公園で遊んで帰ってから、子どもの上着がなくなっていることに気づいたとする。自分の上着であれば、面倒だからとあきらめてしまうかもしれない。でも子どもの上着のポケットに大切なおもちゃが入っていたとしたら……。きっと訪れた場所をたどって周囲の人やお店の人に声をかけたり、交番に頼んだりして一生懸命探すはずだ。

私たち母親は、子どもを育てている、家族の世話をしていると思っているかもしれないが、実はそうやって自分の受援力、そして人と繋がる力を育ててもらっている。そして、それはとりもなおさず、自分の無形資産を貯金していることになる。

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4回にわたり『ライフ・シフト』をもとに私の思うところをつづってきた。コラムを読んでくれた方々が100年ライフを自分のことに置き換え、気づかなかった自分の強みや財産に光を当て、周囲に対する感謝や、自分へのいたわりを感じつつ、自分を肯定するきっかけになったとしたらこんなにうれしいことはない。

あなたは、頑張って生きている人であり、誰かにとってかけがえのない人であり、価値がある人だ。「100歳まで生きる時代、自分が助けられることを肯定し、同時に誰かを助けながら、長くなった人生を楽しみ長寿の恩恵を受けよう」そう思えたら、胸を張って未来を謳歌できるのではないだろうか。

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