私の人生は『ライフ・シフト』そのもの

Photo by Fumishige Ogata

医師であり研究者であると同時に、5人のお子さんの母でもある吉田穂波さん。キャリアの中断などで人生の浮き沈みを経験してきた吉田さんは、『ライフ・シフト』を読み、勇気づけられた点がたくさんあるといいます。

私は今、3歳から小学校6年生までの5人の子どもを育てながらはたらいている。5回の妊娠・出産ではいわゆる「キャリアの中断」を何度もしたし、夫の仕事の都合もあって、はたらく場所も一定ではなかった。同じ場所で長く積み上げることがキャリアの王道だとしたら、私の歩んできた道のりは正反対だ。

でも今、私は自分の専門を見つけ、好きな仕事に打ち込んでいる。先日は専門分野である母子の健康と少子化研究で国家プロジェクトチームのメンバーという大役に抜擢してもらうこともできた。なぜ抜擢してもらえたのか尋ねたら、「吉田さんはいろんな人を連れてくるでしょう。『人をつなぐ力』があるんですよ」と言ってもらった。


私に「人をつなぐ力」があるとすれば、それは一見遠回りに思える道を歩いたからに違いない。夫の転勤や留学、転職で住所や職場は何度も変わった。子育てで思うようにはたらけないこともあった。でも20代の駆け出しの頃、病院勤めをしていただけでは知らなかった世界や持てなかった視点は、5人の子どもを産み育てる中で培うことができた。

キャリアは一本道じゃない

この10年ほど私がそんなふうに考えてきたことをズバッと肯定してくれたのが『ライフ・シフト』という本だった。長寿化で誰もが100年以上生きうる時代、“100年ライフ”をどう生きるかのヒントをくれる一冊だ。

「視点が変わるきっかけになるのは、それまでよりも広く多様性に富んだ人的ネットワークに触れることだ」。これは『ライフ・シフト』に出てくる文章で、私が特に気に入っているメッセージだ。

Photo by MARIA

これまで世間から評価されるのは、目に見えやすい「仕事上のキャリア」であることが多かった。中でもどれくらい収入があるか、どれだけ高い地位にあるかが重視されてきたように思う。だから妊娠・出産を考える女性は、「なるべく早く復帰しなくては」「なんとか男性社員並みにはたらかなくては」と必死に頑張ってきた。

それはそれで悪いことではないけれど、『ライフ・シフト』が示してくれたのは別の画(え)だ。

長い人生の中で重要なのは、無形資産である友人関係や仕事以外の多様な人的ネットワーク、健康といった指標。そうなると、趣味の料理やお花、ママ友との交流、子どもを通じて知り合った地域の活動といった要素ががぜん輝いてくるのだ。

長寿化のメリットを味わうには?

平均寿命が50歳くらいだった昔なら、『ライフ・シフト』が示す考え方は通用しなかったかもしれない。今は平均寿命が80歳以上に延び、近い将来100歳まで生きる人も珍しくなくなる。女性なら14歳前後で月経が始まり50歳くらいで閉経するが、閉経後もそれまでの人生と同じくらいの期間生きることになる。

Photo by MARIA

医師としての視点に立てば、閉経後の期間が長いということは、生殖に惑わされない時期が40、50年あるということ。第二、第三の人生を生きるのが当たり前になる時代だからこそ、仕事をしているならはたらき方を柔軟に変え、仕事以外でもマルチに活動していかなければ人生を楽しむことはできない。

仕事に打ち込んで昇進し「部長」と呼ばれたとしても、趣味がなく家族や地域の人とのつながりが薄ければ、退職後の人生は寂しいものになってしまう。フラメンコを踊れて英語が話せて海外旅行も好き、といった具合に、好きなことを10個、20個と見つけられれば、長寿のメリットが享受できる。

子育てが気づかせてくれたこと

『ライフ・シフト』が示すような視点に価値があると私が気づいたのは、1人目の子どもを産んだときだった。20代の頃はいち産婦人科医として医療機関に所属していた。日々かかわるのは医療関係の人たちばかりだったが、狭い世界で価値観の似た人たちとだけかかわっているのは心地よかった。

Photo by MARIA

その後夫の仕事の都合でドイツに行ったとき、2人目の子どもを妊娠した。両親学級に行くと、職業も価値観も違う人たちとつながることができた。日本人の妊婦同士、フランクフルトで心細くて誰かを頼りたいという気持ちだけで友人になれた。

むしろ違う価値観だからこそ楽しい。そして頼り合える。『ライフ・シフト』には無形資産である人的ネットワークのつながりがいかに大事かが書かれているが、よくぞここに光を当ててくれたと思う。

こうしたコミュニティでは、年齢は関係ない。それまでは年齢が若いからこのポストやこの仕事は与えられない、と言われて悔しい思いをしたこともあったがそんなことは気にしなくてよかった。ちなみに、『ライフ・シフト』の中でも年齢の壁は否定されている。若くても能力がある人を評価するような仕組みにしなければならない、と。企業はもちろん、企業以外の社会においてもそれは同じことだ。

Photo by MARIA

ハレタルの読者の中にも、長い間我慢して会社に勤めないと、出世は望めず高収入も得られないと悲壮感を持っている人がいるかもしれない。子育てをするために退職したことをどこかで後悔している人や、職場復帰したけれど思うようにいかず悩んでいる人もいるだろう。

でも視点を変えてみると、子育ては人的ネットワークをはじめ、人生の無形資産を作るにはもってこいの“活動”だ。すごい肩書やおカネがなくても努力できることはたくさんある。

まずは『ライフ・シフト』が示してくれたような考え方を知り、今取り組んでいる子育てや家事、地域の人とのネットワーク作りがいかに大切かに気づいてくれたらいいなと思う。

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