たまには忘れていた夢を思い出してみよう

Photo by MARIA

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子どもの頃は、みんないっぱい夢があったはず。限りない未来と可能性を信じていたはず。でも、悲しいけれど、子育てと仕事に追われていたらそんな夢があったことも忘れてしまう。

かつての私がそうだった。やらなければならないことばかりに追われていた。子育てと仕事に追われて自分のやりたいことなんてすべて後回しにしていた。

そんな中で起こった阪神・淡路大震災。31歳の時だった。仲間の家族や友人の死を間近に経験して思った。

「人生なんていつ何が起こるかわからない」
「やり残したことを持って死ぬのがいちばんのリスクかも」

たぶん、あの年から私は変わった。「後悔しない生き方ってなんだろう」。そんなことを考えるようになった。そして、ふと思った。「私、いっぱい夢があったはずなのに、夢を忘れているかも」。本を出すことが夢だった。作家になることが夢だった。「とにかく書いてみよう」。

夢はかなうものだった

原稿用紙に向かって書き始めた。それが、私の1冊目の本『吉本興業女マネージャー奮戦記「そんなアホな!」』。最初は、扶桑社が出版してくれた。その後、朝日文庫、立東舎文庫と版元は変わっても20年間売れ続ける本となって、たくさんの出会いとチャンスをもらうことになった。私の夢の一つがかなった。

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だから伝えている。

「夢をあきらめちゃダメ」
「夢に向かって行動していたら、神様がチャンスをくれることがあるよ」

それでも、「それは大谷さんだから」「今さら夢なんてかなわないですよ」と言う人はたくさんいる。そんな人たちにはこう伝えている。

「夢はいっぱい持ったらいいんだよ」
「あきらめずに行動することが大切だよ」

実際、それでも行動できない人が半分はいる。でも「そうですよね。私も動きます」と言う人も半分いる。子どもを背負いながら私のセミナーに参加していたYさん。当時30代の主婦だったYさんは「私、ぜったい、大谷さんみたいな講師になる。それが私の夢です」と何の根拠もないのに宣言していた。今では、テレビに出るほどの売れっ子講師になっている。

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また「私、必ず本を出版します。そして人気講師になります」と言いながら、長崎から私のセミナーに通っていた主婦。彼女は2人の子どもを抱えながら、私のセミナーと別のセミナーにも通っていたという。3年後に本を出版して、やはり人気講師になった。

夢を持つのに年齢は関係ない。私の友人のお母さんは、自然食にこだわる店を出した。70歳を超えている。しかも決して便利な場所じゃない。でも、人気の店になっている。「店を出すのが夢だったから」と笑っている。

夢が近づいた人、遠ざかった人

夢を見るのも簡単だけれど、夢をあきらめるのも簡単。いちばん難しいのは夢を持ち続けて行動することかもしれない。でも、夢を持って行動していると夢はかなうよ、と私は伝えたい。

これだけ言っても、「大谷さん、まだそんなこと考えてるんですか」「大谷さん、若いよね」と批評家になってしまう人もたくさんいる。言葉は魔物だ。

「今さらムリ」
「そんな人がうらやましいわ」

なんてマイナス言葉を発していると、やっぱり夢は遠ざかる。

「大谷さんでもできるなら、私もできるかも」
「やってみなきゃわからないですよね」

とプラス言葉で行動する人には夢が近づいてくる。私は、そうやって、夢が遠ざかった人、近づいた人を何人も見てきた。

だから、声を大にして言いたい。夢を忘れちゃダメ。あきらめちゃダメ。

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『タッチ』という大好きな漫画の中にこんなせりふがある。この言葉が私の座右の銘だ。

「失ったものは取り戻せないけれど、忘れていたものは思い出したらいい」

だから、いつも考えている。

「私、忘れていたものないかなあ」
「私、どんな夢があったのだろう」
「私、何をやりたかったのだろう」

たまにはそんなことを考えてみても悪くない。

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