香りの記憶で人生はもっと豊かになる

私はアロマ調香デザイナーとして、企業やイベントの香りをデザインしたり、空間を演出したりしている。その原点は、京都にある。

京都で14代続く父の生家は、京都御所から少し北に上がった寺町通り近くにある。その名のとおり周辺にはお寺が多く、朝6時になると辺りに時間を告げる鐘の音が鳴り響く。道を歩いていると、どこからともなくお線香の香りが漂ってきたり、バイクのお坊さんとすれ違ったり。そんな場所にあるにある祖父母の家が幼い頃から大好きで、長期休暇のたびに長く滞在してきた。

香りにあふれる京都の町

この家の玄関に一歩入ると、その瞬間に「いつも変わらない香り」が私を出迎えてくれる。白檀や沈香などの少し粉っぽいようなしっとり優しい香りで、その記憶は京都の夏の暑さとともに祖父母の思い出として刻み込まれている。

白檀は、アロマでいう「サンダルウッド」で、インドなどに生息する香木から抽出される精油。オリエンタル調の甘く重い香りは、落ち着きと、どっしりとした動じない感覚をもたらしてくれる。

白檀の塗香

白檀の塗香

それに京都は、町なかのお寺でも北山杉が見られるほか、ヒノキやユズといった芳香植物を見掛けることも多く、たくさんの香りに出合う町。今でもそうした香りをかぐと、祖母に連れられて歩いた街の風景などがよみがえってくる。“京都の香り”はいつでも取り出せるお守りのように、私の根底にあるのだ。

香りはコミュニケーション

実は「記憶」と「香り」には密接なつながりがある。

香りをつかさどる嗅覚は、脳の中でほかの感覚とは別の部分に伝わる。私たちの脳は、情報を処理する“考える脳”(大脳新皮質)と、本能や情動、記憶を司る“感じる脳”(大脳辺縁系)に大きく分かれている。視覚、聴覚、味覚、触覚はまず大脳新皮質に伝わるのに対し、嗅覚だけは大脳辺縁系に直接伝わる。

だから、香りはそのときの感情や記憶と密接に結び付いている。簡単に言えば、脳の中に記憶の引き出しがあって、香りの記憶はその引き出しの中にしまわれていく。その香りに再会すると「あ、昔かいだことがある」と引き出されるとともに、そのときの情景までもがよみがえってくる。

一つの香りでもそれを体験したシチュエーションは人それぞれ。だから、その香りとともにどんな記憶がしまい込まれているかも人によって異なる。香りというものは私たちの人生にずいぶん深くかかわっているのかもしれない。

そう考えると「視覚優位」と言われる現代において、ほかの感覚、中でも嗅覚を豊かにすることも大切だと思う。

その方法の一つは、香りをまとう、香りを着替えること。香りは自分だけが感じるものではなく、周りの人にも伝えることができるもの。時と場合に応じて自分らしく香りを選ぶことで、コミュニケーションにもなる。

たとえば初めての人に会うとき、自分を女性らしく印象づけたいときには女性らしい香りを、さわやかなイメージを印象づけたいときにはさわやかな香りをまとう。相手はその香りとともにあなたの印象を記憶するだろう。

大人のかおりあそび

ところで、この原稿を書いているのは、この秋からスタートした京都町家で行う「大人のかおりあそび」の帰りの新幹線の中。伝統的な京町家で、アロマブレンドオイルの香りを聞き(かぎ)、一つの香りを当ていくというイベントを開催した。

昔ながらの趣のある空間の中で「香り」に集中する。忙しい現代だからこそ、非日常に身を委ね、自分の呼吸と五感をフルで活用して楽しめる大人の遊びだと思う。そして、これから京都を訪れる人にとっても、新しくて懐かしい記憶の一つとなるとうれしい。

次は、春の訪れが待ち遠しい3月の開催を予定している。京都産の精油をはじめ、日本の和精油もふんだんに使ってブレンドオイルを作り、参加者のみなさんに聞いていただこうと思っている。どのような香りにするのか、わくわくしながらイメージを膨らませているところだ。

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