産後間もないお母さんをサポートするドゥーラとは?

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「この子のことを、一度もかわいいと思ったことがないんです」。生後一カ月のまだ小さな赤ちゃんを前に、お母さんは真顔でそう言った。松が丘助産院の院長、宗祥子さんは「またか……」と心を痛めた。母乳を欲しがって泣くはずの赤ちゃんはまったく泣かず、3時間ごとに哺乳瓶をくわえさせられて仕方なくミルクを飲むという状態。お母さんは心身ともに疲れきっていた。

すぐには母になれない

こんなお母さんたちが今、都心でとても増えている。親が高齢で助けを借りられなかったり、手伝ってもらえると思ったら方針の違いに傷ついたり。産後は人の言葉に敏感になりがちで、実母や義母のちょっとした“提案”にも、自分を否定されたような気持ちになることがあるという。

赤ちゃんを産めば、お母さんになれる。世の中の多くの人が、そう思っているのではないだろうか。でもそれは違う。想像を絶する陣痛の後、ようやく赤ちゃんを産み落としたとき、お母さんはボロボロの状態だ。

赤ちゃんと二人きりの生活はやっぱり大変(写真提供:ドゥーラ協会)

「最近よくあるのが計画的な無痛分娩をしたお母さん。陣痛促進剤を使って予定日より早くお産をするので、うまく授乳に移行できずに回復も遅くなることが多いのです」(宗さん)

自然分娩の“安産”だったとしても、産後は動くたびに会陰の傷が痛み、頭はボーっとしていてうまく考えることができない。退院して家に帰ったら、赤ちゃんと二人きり。夫のご飯も作らなければいけない。気づけば産後うつになっていた……という例は少なくない。

第三者だからできること

そんな産後間もないお母さんに寄り添う仕事が「ドゥーラ」。ドゥーラは、ギリシャ語で「ほかの女性を支援する、経験豊かな女性」という意味。まだ日本ではなじみがないかもしれないが、アメリカではよく知られた存在だ。

栄養バランスのとれた食事を作ってくれる(写真提供:ドゥーラ協会)

ドゥーラは、お母さんが赤ちゃんとの暮らしに慣れるまでの間、家事や赤ちゃんのお世話を代わりにする。栄養バランスの整ったおいしい料理を作り、洗濯や掃除も手伝う。ときには上の子を保育園へ送り迎えしたり、ハンドトリートメントをしながら悩みの相談に乗ったり。専門的な知識を持った第三者だからこそ、お母さんの不安に寄り添うことができる。

「産後6~8週間は、ボロボロになった体をゆっくり休め、体を回復させることがいちばん大切。昼夜関係なしの2~3時間おきの授乳、という生活スタイルにまずは慣れることです」(宗さん)。家事や、授乳以外の赤ちゃんのお世話は、ドゥーラに任せてしまえばいいのだ。

ママ友に話せないことも

ドゥーラとして活動する、石井智美さん(37)。助産師でもある石井さんは、32歳のとき長男を産んだ。数多くの出産に立ち会ってきた石井さんだが、自分の産後については想像できていなかったという。

「産後の養生が大切だということはわかっていたのに、大丈夫だと思って動いたら、体調がものすごく悪くなったんです。夫とのすれ違いもありました。子どもがかわいいと思えなくなって、1年ほど家から出られない時期があったのです」(石井さん)

ドゥーラとして活動する石井智美さんと二男

産後の養生がどれだけ大切か身にしみてわかった石井さん。自分もドゥーラとして活動したいと思い、宗さんが代表理事を務めるドゥーラ協会の養成講座を受けてドゥーラになった。

子育てのいちばん最初に、家庭に入り込んでサポートするドゥーラは、お母さんに与える影響がとても大きい。「夫との関係などママ友には気軽に話せないこともドゥーラになら相談できるという人は多いんです」(石井さん)。自分の大変だった経験を生かしながら、お母さんたちに日々寄り添っている。

抱っこを代わってもらうだけでも気持ちが楽になる(写真提供:ドゥーラ協会)

石井さんは今年、二男を出産した。里帰りをしない代わりに、退院してからの1カ月間ドゥーラに来てもらった。「毎日のようにお願いしたら、精神的に孤独になる暇もなく、長男のときに苦しかった産後がうそのようでした」(石井さん)。すっかり養生できて、初産より年齢を重ねたにもかかわらず回復はむしろ早かった。

特別な資格はいらない

2012年から認定が始まったドゥーラは、全国に約220人。石井さんのように助産師資格を持っている人だけでなく、介護の仕事に携わっていた人、学校の先生、子育てを経験したお母さんなど、背景はさまざま。特別な資格を持っていなくても、ドゥーラ協会が用意している養成講座を受けて合格すれば認定される。基礎編と実践編、開業指導編あわせて37万円の費用がかかるが、座学のみならず実習を含めて70時間以上の充実した内容だ。

8月末、都内の養成講座をのぞくと、20人くらいの女性たちが真剣なまなざしで赤ちゃんの沐浴実習に取り組んでいた。夫に「君に向いている」とすすめられたり、息子に「お母さんのためにある仕事だよ」と背中を押されて参加した人も。

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養成講座では、産前産後ケアに必要な知識を学び、育児や調理、救命救急などの実習を受ける。産後1年以上たっていて、講座の間子どもを預けられるなら、小さな子どものお母さんでも受講できる。

ドゥーラになれば個人で開業できるから、自分がはたらきたい時間にはたらける。二男が生後5カ月の石井さんはこのほど仕事に復帰し、週に数回、日中の数時間だけはたらいている。地元の産後ケア施設に就職する、といった道もある。

産後ケアの大切さが浸透してきた今、ドゥーラは多くの女性に求められる存在だ。

(2016年8月31日に掲載した記事を再編集しました)

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