練習も本番も子連れで演奏するオーケストラ


クラリネットを吹くお母さんの背中で心地よさそうにウトウトとする子。コントラバスの大きなケースを広げてバスタオルを敷いた即席ベッドに眠る赤ちゃん。楽器を奏でる楽団員たちの間を縫って歩き回ったり、床でままごとやお絵描き、折り紙をしたりする子どもたちーー。

これは、子育て中の母親たちを中心に構成された全国でもほかに例を見ない市民オーケストラ「西宮きらきら母交響楽団」の練習風景だ。

練習は昼間行われ、子連れで参加しても大丈夫。定期的に行われるコンサートでは、団員はもちろん、観客も子ども連れで気軽に参加できる。子どもの笑い声も泣き声も、その場のすべてを含めてオーケストラ……そう思えるコンサートを行っている。

子育てを理由にあきらめない

発起人の馬場京子さん(42)は3児の母。3歳からバイオリンを始め、大学受験を機に音楽活動を休止。その後、15年ほどは楽器から離れていたが、中学・高校時代に所属していた地域のオーケストラの50周年記念コンサートで演奏する機会を得た。

「当時、長女が2歳。仕事をしておらず、『お母さん』という世界しか持っていなかった私にとって、華やかな舞台に立つコンサートは非日常で刺激的でした。私と同じように、音楽をいつか再開したいと思っている人は少なくないんじゃないかと『子連れOKのオーケストラ』を呼びかけました」(馬場さん)

馬場京子さん

2007年に広島県広島市で「広島きらきら母交響楽団」を結成。その後、馬場さんが転居した兵庫県西宮市にも2014年に「西宮きらきら母交響楽団」を立ち上げた。現在、広島は約60人、西宮は約140人の団員が所属している。フルオーケストラとして年に3~4回のほか、小さい編成を組んでの出張コンサートも年に20~40回ほど行う本格的なオーケストラだ。

「やりたい」という気持ちが成長に

やりたい気持ちはあってもできない……ファゴットを演奏する石田聡子さん(40)も、もやもやする気持ちを抱える一人だった。

中学時代に吹奏楽部で楽器を始め、社会人になってからもアマチュアオーケストラに所属するなど長年、音楽活動を続けてきた。しかし、練習日は土曜夜。夫にも遠慮して参加しづらくなり、妊娠を機に辞めてしまう。

クローゼットにしまった楽器が目に入るたび、「オーケストラで演奏したい。でも、子育て中は無理」とあきらめる日々が続いた。そんなとき、友人からきらきら母交響楽団を紹介され、「子連れでも参加できるなんて!」と、すぐに入団を決めた。

「最初はただ演奏できるだけで満足。自分の成長までは求めていませんでした。でも、難しい曲に挑戦したり、定期的にコンサートに参加したりするうちに、もっとうまくなりたいという気持ちが芽生えてきたんです」(石田さん)

お母さんたちが練習するかたわらで子どもたちも思い思いに楽しむ

お母さんがイキイキと挑戦する姿は子どもにも影響を与えている。小学5年生の長女は「自分もやりたい!」と市の音楽隊に入隊、小学1年生の次女はピアノを習う。今では互いに刺激を与え合っている。

自分らしく生きる

石田さんのように、結婚や出産を機に、趣味や好きなことを諦めてしまう人は多いのではないだろうか。お母さん同士の集まりでは、つねに子どもの話題が中心。自身の趣味や好きな話が出ることはほとんどない。自分より子どもを優先すべきで、自分を大切にするのは悪いことに思えた経験はないだろうか。

馬場さんは長女が0歳6カ月のとき、語学を学びたいと教室に問い合わせたら、「子どもが幼稚園に入園してから来てください」と断られた。そこで、語学サークルを立ち上げて活動したら、たまたま居合わせた年配の子育て経験のある女性から「自分のことをやらないで子育てをしなさい」と叱られた。

「子どもたちにはどんな状況にあっても自分の可能性を広げ続けることに躊躇しないでほしい。そんな生き方のできるオーケストラをつくることで、今の社会にはびこる『女性らしく、男性らしく、お母さんらしくありなさい』というメッセージを消したかった」(馬場さん)

馬場さんが「きらきら母交響楽団」を立ち上げたのは、長女が2歳のときだった。今は11歳、6歳の双子の育児をしながらの活動だが、両立は苦ではないという。自分が自分らしく、やりたいことをやっているという実感があり、母の姿を子どもたちは見ていると信じている。

「この子たちが大人になる頃には、子育てをする母親も含め、誰もが『自分らしさ』を大切に、好きなことに堂々と挑戦できて、応援し合える社会になれば」と馬場さん。まずは自分が体現することで、目の前から世界を変えていこうとしている。

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