お母さんたちが幸せを感じる介護の仕事とは

Photo by MARIA

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子育てを一通り経験したお母さんたちが集まって、介護ビジネスに取り組んでいる施設がある。東京都小平市のデイサービス施設「憩いの広場 まお里」。ここではたらくスタッフの多くは、数年前まで一緒に子育てをしていたお母さんたちだ。

赤ちゃんのお世話から学んだこと

スタッフの多くは、まお里ではたらくまで介護を経験したことがなかった。介護の仕事には、体力も気力もいる。認知症のお年寄りのお世話は戸惑いの連続だった。資格を持つ一部のスタッフが入浴やトイレ、食事の介助などを受け持ち、資格を持っていないスタッフは主に体温測定などのバイタルチェックや、一緒に歌を歌うなどレクリエーションを担当する。

「でもそれは初めての出産後、小さな子どもをどう扱ってよいのかわからなかったときと同じ感覚でした」と、立ち上げの中心となった谷口理恵子さん(50)と小林章子さん(52)は話す。赤ちゃんと向き合ったことのあるお母さんたちには、介護の経験はなくとも、「初めてのことに取り組む」経験はあったのだ。

谷口さん(左)と小林さん(左から2人目)、そして子育て仲間のスタッフたち

谷口さん(左)と小林さん(左から2人目)、そして子育て仲間のスタッフたち

もちろん赤ちゃんと違って、お年寄りは人生の大先輩。「それぞれの尊厳を守って、生き方を尊重する」ことはいちばん大事にしている。そのうえで、まずは一人ひとりの考えや思いを受け入れる。言えないこと、表現できないこともわかるように努力する。頭ごなしに否定しない。「子育てで学んだ、幼い子どもとの接し方と共通するところが結構あるんです」(小林さん)。

部屋の飾り付けは、子どもたちと楽しんだ工作を思い出して応用。お年寄りとの歌や手作業、体操なども、記憶を掘り起こせば次々とアイデアが出てくる。調理スタッフは、体にいい素材を使った優しい味付けの昼食を作る。やるべきこと、やったほうがいいことをさりげなく誰かがカバーし合う雰囲気は、まお里ならではだ。

子育てのイライラが和らぐ

谷口さんと小林さんが出会ったのは、未就園児が集うプレイセンター。子育てを通じて意気投合し、「いつか一緒に何かやりたい」と思っていた2人は、子どもが小学生になってから、谷口さんの夫らとデイサービス施設を立ち上げる。そのとき「スタッフにならないか」と誘ったのがプレイセンターや幼稚園など、子育てを通じて出会ったお母さんたちだった。

レクリエーションのアイデアにも子育て経験が生きる

レクリエーションのアイデアにも子育て経験が生きる

最初は誘われるままにはたらき始めたお母さんたちだったが、予期せぬ効果もあったという。小学生の男の子2人のお母さんである田中美枝子さん(仮名)は、ときには子育てでイライラすることもある。でも、お年寄りのお世話をしながら日々のことを話していると、気持ちがほぐれていくという。

「家にばかりいたら日々キーッとなっていたでしょうけれど。人生の先輩たちに息子のことを話したら、『あなたは頑張っているわよ』と認められたり、『今を大事にしなさい』なんてアドバイスしていただいたり。グッと心にくるんです」(田中さん)。息子たちからは「仕事から帰ってきたときのお母さんは優しい」と言われることも。「仕事する機会を与えてもらって、本当に幸せです」、そう話す田中さんは資格の取得を目指して勉強も続けている。

お年寄りと話していると優しい気持ちになれるのだという

お年寄りと話していると優しい気持ちになれるのだという

小林さんの場合、「老いるのも怖くなくなった」そうだ。介護の勉強を進め、資格を取るうちに、漠然とした不安が消えたのだという。それは自分が年老いても、安心して介護を受けられる制度が、この国には整っていることがわかったことも大きい。「これから親の介護もあるし、介護の仕事や勉強はかならず役に立つと思います」(小林さん)。

できる人ができることを

まお里は、お母さんでもあるスタッフがはたらき続けられることを大事にしている。デイサービスを開く時間を朝9時半から、と最初に決めたのも、スタッフが子どもの送り出しや家事を終えてから仕事に来やすいため。そして夕ご飯を作る時間に間に合うよう、終わりの時間も夕方の4時半にしている。子どもが病気で仕事を休みたい、というスタッフがいたときには、谷口さんらが中心になってカバーする。

せっかく子どもが縁で集まったメンバーだから、いつかはお年寄りと子どもが一緒に過ごせる場を作りたい、というのがスタッフみんなの夢だ。環境の整備など課題はあるが、近くのプレイセンターからまお里へ、小さな子どもたちに遊びに来てもらったりもしている。

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いちばん大変だった子育て期をともに過ごした仲間たち。そして、子育てを通して学んだ、「それぞれが、それぞれに、いまできることをやろう」という柔軟な考え方。子育ての場で得た経験や絆が、介護の仕事という新しいステージでも生かされている。

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