専業主婦がライターになった“きっかけ”は

Photo by MARIA

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2015年に子どもを出産して、1年が経った。

社会人になってからずっと、仕事を中心にした生活を送ってきた。その頃は毎日のように終電やタクシーで帰宅していて、それを疑問に思うこともなかった。

そんな仕事人間だった私だけれど、出産してからは専業主婦をしている。子どもは本当にかわいいし、毎日が充実している。退職したことの後悔はまったくない。だけど時々、頭によぎる。「これから先、私は“何者”にもなれないまま終わるのだろうか」。

これまでは私の背後にはつねに会社の看板があった。でも、今の私は身一つだ。特別なスキルや資格を持っているわけでもない。未来の私はどうなっているのだろう。5年後、10年後どころか、来年どうなっているかも想像がつかない。

未来を考えると急に心もとなくなって、モヤモヤする日々が続いた。

新たなはたらき方を探る

そんな悶々とした気持ちを抱えていた時に、クラウドソーシングという働き方があることを知った。インターネット上で仕事を頼んだり引き受けたりするというスタイルで、いくつかのサイトがある。「自宅でできる」というキャッチフレーズにひかれて、サイバーエージェントグループの「Woman&Crowd」に登録した。

いろんな仕事があるものだと感心しながら画面をスクロールしていると、「\オーディション開催/あの東洋経済新報社のライターに!」という文字が目に入った。20~40代女性向けのWebメディアを新しく立ち上げる予定で、ライターを募集しているとのこと。応募資格は特になし。課題資料を基にした2000字程度のレポートで選考される、と書かれていた。

何を隠そう、私は同社のウェブサイト「東洋経済オンライン」を毎日のように見ているヘビーユーザーだ。勝手に縁を感じ、夜、子どもが寝た後、コツコツとレポートを書いた。ドキドキしながら待つこと3週間。合格通知が来たときの衝撃は今も忘れられない。

「締め切りがある」誇らしさ

合格後に待っていたのは、「東洋経済新報社の記者によるスキル養成講座<全3回>」。課題に沿って文章を書き、評価を受けるというものだった。

スキル養成講座が始まってすぐ、心の中に大きな変化が生まれた。私が昔の私に戻っている感覚。休日でも、頭の片隅に仕事が存在している。締め切りがある。

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仕事人間の頃は苦痛だったことが、今ではなぜかうれしかった。平坦でほんわかした日常に、ピリッとスパイスを効かせたような感じ。家事・育児と両立して仕事(といっても養成講座だけれど)をしている自分が、何だか誇らしく思えた。

課題を出すと、私の文章に対する評価が戻ってくる。それも毎回楽しみだった。遠足前の子どものように、毎日メッセージボックスを開けては返信が来ていないか確認するほど待ち遠しかった。

自分が書いた文章を誰かに読んでもらえるということが、こんなにうれしいことだと初めて知った。課題の文章を書くことは、仕事を超えて、私の自己表現の場となっていた。

他人が読む文章とは

今回の養成講座では多くのことを学んだ。

これまでも育児日記は書いていた。でも自分だけが読む記録用の文章と、ほかの人が読むことを前提にした文章では、当然ながら取り組み方が変わってくる。

私が書く文章には、いろいろと改善すべき点があった。その中でもいちばんのポイントが「情報の取捨選択ができず、何を伝えたいのかわからないこと」。自分が得た情報はすべて文章の中に盛り込みたくなってしまう。せっかく頑張って調べたのだから、この情報もあの情報も入れたい!と欲張りになる。

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そのせいで、伝えたいことが何なのかがわからない、ボヤけた文章となってしまっていた。この癖はなかなか直すことができず、「情報を整理し、どこに焦点を当てるかを考えてください」「限られた文字数のなかでいちばん伝えたいことを読者に伝えてください」と、養成講座でも何度か指摘された。

「何のために、誰のために、何について、書くのか」を考えるのは、文章を書くときの基本。なのに、なぜできないのだろう?

振り返ってみると、あれもこれも盛り込んでしまうのは、「誰のために」が「自分のために」になっていたからだと思う。「これだけ調べた私」を見せたいという単なる自己満足だった。会社員時代、プレゼンが長すぎて何を言いたいのかわからない人を残念に思っていたけれど、同じことをしていた。

仕事を暮らしに合わせる

私が今回の経験で身をもって知ったこと。それは、自分の気持ちと少しの努力で、何者にもなれるし、モヤモヤした毎日を変えることができるということだ。

子育てが楽しく、退職したことに後悔はないのに、なぜモヤモヤしていたのだろう。それはきっと「未来のわたしが想像できず、次に進むべき道がわからなかったから」なのだと思う。

育児や介護・夫の転勤などを言い訳にして、「自分は何がしたいのか」を考えるのをやめていた。その姿は、文章と同じく“内”に向かっていたのかもしれない。今回の経験は、そんな自分を見直すよい機会になった。

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子どもが生まれるまでは、仕事第一で生きてきた。でもこれからは、自分のライフスタイルに仕事を埋め込むという生き方をしたい――。

ブルーハーツの代表曲に「未来は僕等の手の中」という曲がある。いくつになっても、子どもがいても、自分の未来は自分で作っていくしかない。だからこれからも、無理なく、楽しく、臆することなく、いろんなことにチャレンジしていきたい。

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