子育ても夢もあきらめずにはたらく

雑貨店「Common life」を営む佐藤さん

雑貨店「Common Life」を営む佐藤由紀さん

結婚・出産・転勤などを機に、親や親戚、友達もいない土地で子育てを始めるお母さんは意外と多い。武蔵小杉駅から徒歩10分、新丸子商店街の路地裏で雑貨店「Common Life」を営む佐藤由紀さん(37)もその一人。雑貨店から程近いマンションで、夫と5歳の娘とともに暮らしている。

佐藤さんは浜松出身。夫の転勤を機に上京し、出産と同時に、武蔵小杉に移り住んだ。

出産前は看護師としてはたらいていた。仕事にやりがいを感じ、妊娠8カ月まで夜勤をこなすなど、精力的にはたらく“バリキャリ志向”だった。

しかし、産後、はたらき方に対する考えが変わっていることに気づく。愛らしいゼロ歳の娘を目の前にしてみると、子どもを預けてはたらくことに心が揺れた。「せめて子どもが歩くまでは一緒にいたい、と思ったんです。一言で言うと、子どもと離れられなくなったんですね」(佐藤さん)

新天地での孤独との戦い

一方で、子育てだけの毎日が楽なわけではなかった。日中は、マンションの一室で子どもと二人きり。ご近所付き合いもなく、地域には知り合いすらいない。 “孤独”を感じることもしばしば。

「育休中は、家で子どもと二人きり。出掛けるにしても、夫以外の誰かと連れ立って、ということはありませんでした」と、佐藤さん。「ママ友を作らなければ」と焦って、お母さんたちのコミュニティにも参加したが、共通項が子ども、というだけではなかなか関係を築けない。入り口もやもやを抱えながら過ごしていた佐藤さんを救ったのが「雑貨」だった。昔から、アクセサリー作りが趣味だったという佐藤さん。産後はなかなか時間が取れず、アクセサリー作りはできなかったが、その代わりに、子どもと一緒にさまざまな雑貨市を回るようになった。

かつて洋服店などに自分の作品を置かせてもらった経験から、「いつか自分のアトリエが持てたら」と夢見ていた佐藤さん。だがよく見ると他の人の作品はどれもとてもクオリティが高い。自分は足元にも及ばない……。多くの作品を見るうち、別の夢が膨らみ始めた。「作家さんたちを応援したいという思いがむくむくと湧いてきたんです。すばらしい作品を紹介するセレクトショップを作りたい、と」。

子どものせいにしない

しかし、現実的にお店を開くのはたいへんなおカネと労力を要すること。何より、「続けていく」必要がある。「子どもはまだ小さいから身動きが取れない」という思いも頭をよぎった。住んでいる地域は保活激戦区で、保育園にはなかなか入れない。認可保育園に入るには、自営業は不利だと聞いていたから、退職するとますます入園できる可能性は低いのでは……。

店を構えることを断念しかけた佐藤さん。しかし、あるとき、「子どもを理由にあきらめようとしている」自分に気づいた。「『あなたがいたから私は我慢したの』と言う母親にはなりたくないなと思ったんです。『子育てが中途半端でも好きなことをやっている』くらいのほうが、私が子どもの立場だったらいいかな、と」。アクセサリー1思い切って、病院に退職届を出した。子どもをおんぶしながら物件や保育園を探し、お店に置く商品も探し始めた。「当時は、問屋の存在も知らなかったし、メーカーとのコネクションもありませんでした。雑貨市で手に汗かきながら、気になる手作り作家さんに交渉して商品を仕入れました」。退職金をすべてつぎ込んで、なんとか開業までたどり着く。お店をオープンしたのは2013年、子どもが1歳半のときだった。

お店は第2のリビングに

店をオープンするにあたってこだわった点が三つある。一つは、店舗物件を生活圏内に構えたこと。「子どもとの時間を大切にしながらお店をやっていくには、自宅や保育園とお店とが近いことが一番でした」。送り迎えにかかる時間も短くて済むし、万一の災害にも備えやすい。佐藤さんが手掛けるアクセサリーも販売また、保育園の預かり時間に合わせて、営業時間は10時から17時まで(現在は18時閉店)、定休日はこうしたお店では珍しく日曜日と月曜日とした。

店舗の内装は「第2のリビング」のような雰囲気にし、週末は娘や夫と店で過ごせるようにした。平日も、子どもが保育園に行きたくなさそうならその気持ちに寄り添い、お店で一緒に過ごすようにしているという。自営業ならではのフレキシブルさといえるだろう。

世界が広がった

お店を始めてから、佐藤さんの世界はぐっと広がった。作家さんはもとより、お客さんや商店街の人々など、武蔵小杉の街で顔見知りが増えた。あいさつを交わしたり、野菜をもらったり、時には子どもと公園で遊んでもらったり……。

「この街に知り合いがたくさんでき、子どももいろんな方に見守られている感覚があります」。“子どもつながりのママ友”ではなく、“友達になったお客様がたまたまママだった”という関係作りができたこともメリット。新たなママ友と、子育ての話や相談ができることがうれしいという。内観子どもを産んだ5年間の“孤独”がうそのようだ。あの頃よりずっと軽やかに子育てをし、地域の人とともに暮らすことの楽しさを実感しているという。

自分のために一歩を踏み出したことで、自分が、周りが、変わっていく――。勇気をもって踏み出したその先には、想像以上にすてきな世界が広がっているかもしれない。

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