赤ちゃんとお母さんにしかできない仕事

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0~3歳の子どもとそのお母さんにしかできない仕事がある。お母さんが赤ちゃんと一緒に学校や高齢者施設、企業を訪れ、“先生”として出前授業を行う「赤ちゃん先生プロジェクト」だ。

高齢者施設では、お年寄りが赤ちゃんを抱っこしたり、季節の遊びをしたりしながら、赤ちゃんとたくさん触れ合う。周囲の人たちに暴言を吐いたり、暴力をふるったりするのが日常だった認知症のおじいさんが、赤ちゃんを目の前にした瞬間、声のトーンがやさしく歌声のように変わる。

小学校や中学校では、生徒たちが赤ちゃんと触れ合いながら、「いのちの大切さ」について考える。赤ちゃんとの触れ合いを通して、人への思いやりを学ぶことで、いじめにつながるような空気がなくなる。不登校の生徒が、赤ちゃん先生がやってくる日だけはきちんと学校に来ることもある。

ある小学校では、母親に虐待を受けた経験から、年上の女性と対するとパニックを起こしてしまう生徒がいた。赤ちゃん先生が来ると最初はうずくまったものの、やがて心を開き、最後には自ら手を挙げて「今日はとても楽しかった。お母さんに報告したい」と発言するまでに。

赤ちゃんが持つ力はそれほどまでに大きい。

きっかけは子連れ営業

赤ちゃん先生プロジェクトは、神戸市にあるNPO法人「ママの働き方応援隊」が福岡や東京、広島などで展開している。

「赤ちゃんがいると、そこに自然と笑顔が生まれます。赤ちゃんを通して会話が始まることもたくさんあるんです」と代表の恵夕喜子さんは言う。

女性向けの出版やイベントを行う会社を経営していた恵さん。あるとき、孫が保育所に入れず待機児童となってしまい、息子さんの妻に自分の会社で子どもを連れてはたらいてもらうことにした。

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恵さんが孫を連れて取引先や自治体に営業に赴くと、相手の反応が普段とまるで違う。いつもは無愛想な表情ばかりだった男性が笑顔を見せてくれたり、会話が弾んだりする。恵さんが赤ちゃんの持つ力に目を向けるようになったのはそれがきっかけだ。

その後、行政から頼まれて、引きこもりの男性を2人、インターンとして受け入れたときのこと。あいさつもできない彼らを、自社の事業所内保育所ではたらかせてみた。

赤ちゃんの前では素直に

その後の彼らの変化はめざましかった。1カ月後には、恵さんやほかのスタッフと普通に会話ができるようになり、その後スタッフとして雇用し、いきいきとはたらくことができたのだ。

恵さんには彼らのこんな言葉が強く印象に残った。

「大人に対しては『俺のことをどうせ引きこもりだと思って接しているんだろう』と思ってつい身構えてしまう。でも赤ちゃんが相手だと自然とそのフィルターが外れ、素直に接することができたんです」

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赤ちゃんが持つ、この力を生かした仕事をつくればいいんだ。赤ちゃんが先生となって共感力を育むカナダの教育プログラムからもヒントを得て、プロジェクトを立ち上げた。

お母さんの自信にも

赤ちゃん先生プロジェクトは、1回60分ほどのセッション。先生になったお母さんは、協力の謝礼として2000円を受け取る。誰にでも可能性は開かれているけれど、仕事としての自覚を持ってもらうため、お母さんには事前に有料の養成講座を受講してもらう。

子育てをしながら「はたらく」ことで、お母さん自身が目標を持つきっかけにもなっている。上野桃子さんも、プロジェクトが子育てや自分に対する自信につながったという一人。

上野さんは、結婚を機にそれまではたらいていた会社を辞め、福岡から兵庫に引っ越してきた。慣れない土地での初めての子育てに不安な日々を送っていた頃に、プロジェクトと出合ったのだそう。

子どもといっしょに「先生」としてさまざまな場所へ行くたび、必要としてもらえる実感から、自信が持てるようになってきたという上野さん。「一度きりの人生だから、やりたいことをやってみよう」と思うようになった。

もともと料理が得意だったこともあり、上野さんは勉強して料理の資格を取った。今ではプロジェクトにかかわりながらフリーの料理講師としても活躍している。

2011年に始まったこのプロジェクト。これまで累計1700組以上のお母さんと赤ちゃんが、学校や企業を訪れた。

バブーケアカウンセラー

ママの働き方応援隊では現在、赤ちゃん先生をもう一歩進化させた新しいプロジェクトにも取り組んでいる。

高齢者施設でアクティビティを提供するだけでなく、赤ちゃんとお母さんがお年寄り一人ひとりと触れ合いながら、精神的なケアができないかというものだ。名付けて「バブーケアカウンセラー」。

赤ちゃんに限らず4~5歳くらいの子どもも、お年寄りのよい話し相手になる。「これをお母さんたちのお仕事として普及させたい」と恵さん。「子どもを預けないとはたらけない」と悩んでいるお母さんたちのはたらく選択肢がまた一つ増えそうだ。

(文・小森利絵、堀越千代)

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