0歳児のママ店主に学ぶ「はたらく」こと

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京王電鉄井の頭公園駅の駅前にたたずむ、一軒の美容室「rubono(ルボノ)」。私はいつも大好きなこの店で髪を切ってもらっている。

ナチュラルな雰囲気と手作りの温かみを感じさせるそのサロンは、店主の田中佑季子さん(36)が4年前にオープンさせた。

田中さんとアシスタントスタッフ1人という小さなサロンのため、予約も取りづらいのに、リピーターは後を絶たない。

実は田中さんは0歳児のお母さん。昨年8月には、出産のため3カ月ほど店を閉めなければならなかった。たくさんのお客さんとスタッフ1人を抱えているという状況で、経営者としては大きな勇気のいる決断だったはず。

それでもなんとか乗り切り、変わらず通い続けるお客さまに支えられているrubono。この店には、子どもを育てながら働く人へのヒントが詰まっている。

初めて自分の店を持ったが

18歳で東京に出てきて専門学校に通い、2001年にサロンに就職。そこから無我夢中ではたらいてきたという田中さん。

「ただただ目の前のことをこなすのに精いっぱい。アシスタント時代はお給料も少なく、食費に使えるおカネは1週間に2000円……。思い出したくないくらい生活も厳しかったですね」

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がんばりが認められ、3年目にはスタイリストとしてデビュー。新店舗の立ち上げなども経験し、美容師としての自信がついてきた頃、独立について具体的に考えるようになる。

きっかけは、ある日突然やってきた。

学生時代にアルバイトをしていたラーメン店を訪れたときのこと。ラーメンをすすりながら店主になにげなく自分の「夢」を話すと、「今月でこの店を閉めるから、ここでやってみたら?」と思わぬ言葉が返ってきた。

あれよあれよと話は進み、2013年3月にrubonoをオープン。田中さん、33歳のときだった。オープンからお客さんは途切れることなく、初めて持った自分の店は、順調に売り上げを伸ばしていった。

ところが、順風満帆に進んでいたそのさなかに転機が訪れる。2015年の初め、妊娠が発覚したのだ。

念願の妊娠を喜べない

「明日にでも子どもが産みたい」とよく口にしていた田中さんにとって、妊娠は願ってもないこと。とはいえ、店のことを思うと喜んでばかりもいられない。

カットができるのは自分だけ。店を休めばせっかく通ってきてくれているお客さんが離れてしまうかもしれない。雇っているスタッフの生活もある。さまざまな不安で頭がいっぱいになった。

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「ずっと悩んで、ようやく報告できたのはお腹も目立ってきた妊娠5カ月目のことでした」

休業中、スタッフは別のサロンで働かせてもらうことになった。そしてお客さんには「お休みの間、こちらにうちのスタッフがいるのでぜひ、行ってみてください」とそのサロンを紹介した。

8月から店を閉め、無事に元気な男の子を出産。なんとか早く店を再開させたかったが保育園には入れない。ご主人に育児休暇を取ってもらったり、義母に預かってもらったりすることで、3カ月後に再び店に戻った。

子どもと離れるなんて

ただ、すぱっと気持ちを切り替えられたわけではない。出産前は仕事中心の生活。仕事が大好きで、自分の思い通りの店も開くことができた。でも、子どもと離れることが寂しくて仕方がない。

「子どもがかわいくてかわいくて仕方がなくなってしまって。10カ月間もお腹の中で一緒にいた子を、たった2カ月でほったらかしにして仕事をするなんて」

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いろいろな人を巻き込んで迷惑をかけていると思うと、それもつらかった。営業時間は10~15時。予約を受けられる人数も限られる。お客さんに日程を調整してもらったり、お断りしてしまうこともしばしば。

加えて、スタッフには15時にrubonoを閉めた後、別のサロンに出勤してもらうという二重生活を強いることになってしまった。

もっと子どもと一緒にいたいと思うものの、周りの人たちのためにももっとはたらかなくては、と焦るばかり。

「こんなにつらいならいっそ辞めてしまったほうがいいんじゃないか。毎日毎日、どうしよう、これでいいのかなって、ずっと悩んでいました」

思い悩んだ結果、田中さんは15時以降も店を開け、スタッフに任せることにした。この決断は正しかった。夜の営業にお客さんも少しずつ来てくれるようになり、スタッフのモチベーションもアップ。

こうして田中さんの不安もだんだん薄らいでいったという。

「ママ」を言い訳にしない

田中さんが、いつも心に留めていることがある。お客さんにかかわる時間が短くなってしまったのは田中さんが「ママだから」だ。でも「ママだけどこんなにがんばっています」とは言いたくない。

「美容師の仕事で大事なのは、どんなサービスや接客よりも技術を上げること。作ったスタイルで、興味を持っていただけるようになりたいんです」

母であることをことさらには主張せず、一人の美容師として勉強熱心な田中さん。来店したお客さんには「予定を調整していただきありがとうございました」と何度も何度も頭を下げる。

その姿勢によって周りの人たちの理解が得られ、応援につながるのかもしれない。

田中さんのその素直な人柄に、今日もまたファンが1人増えそうだ。

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