笑うことは、自分と世界を受け入れること

「大笑いしているとき、あなたは自分と世界を受け入れ、許しているんだよ」。これは、私のヨガの先生から聞いた言葉だ。この言葉にドキリとした。

最近テレビで見たあるCMでも「子どもは1日平均400回笑う、大人になると15回に減る」というコピーを聞いた。これにも、ドキリとした。

最近おなかが痛くなるくらいに、笑ったことはあったっけ? 今日一日の間に何回笑ったっけ? そう思い返した。

Photo by MARIA

子ども時代に比べて、笑う頻度は減っている。向き合うものが人ではなくパソコンの画面だったりやりたくない仕事だったりすると、眉間にシワまで作って怒ってもいないのに仏頂面になっていることも。

夫が冗談を言ったりしても「何バカなこと言って」と、ついつい流してしまう。「そんなくだらないことでは笑わない」などと、知らぬ間に自分で笑いの沸点をどんどん上げてしまっていたようだ。

でも、どんな小さなことでも、笑えるなら笑ってしまったほうが楽しい。「箸が転んでも笑う」と言われるような年頃があるように、子どもは本当にどうでもいいようなことを笑いに変えてしまう。

笑いの沸点を低くする

「うんこ漢字ドリル」というものがとてもウケて流行っていると、親戚の小学生から聞いた。最初は「どうせくだらないものなんだろう」と思ったものの、ちょっと気になって本屋さんで手に取ってみた。

ドリルの例文は本当に意味もない内容のものだが、思わずにんまりとしてしまう。中には恥ずかしながらクスッと声を出して笑ってしまうものもあった。

たぶん、大人も子どもも、本質的には変わっていない。「そんなものはくだらない」と見方を変えてしまった自分がいるだけ。

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そんなことに気づいてからのある日、夫がまた冗談を言った。最初はまたくだらないことを…と思ってしまったのだが、だんだんツボに入ってしまい、二人で大笑いした。久々に涙がでるくらいに笑った。

多分、私のなかで「くだらない」という価値観が外れ、いわば笑いの沸点が低くなったんだろう。端から見ればきっとどうでもいいことで、「何がおかしかったの?」と聞かれてうまく答えられる自信もない。でも大笑いしていた時間のことを思い出すだけで、今でも夫婦そろって思い出し笑いができる。

冒頭のヨガの先生の言葉に立ち返ってみれば、大笑いしていたとき、私と夫は自分自身と世界を受け入れていたんだと思う。

笑いの沸点を低くしたことで、日常がより楽しめるようになった。大笑いとまでいかなくても、ちょっといいなと思えることに微笑むことができるようになったのもその一つ。だからなのかはわからないけれど、最近夫がとても優しい。笑いの沸点が低くなったのと同時に、怒りの沸点は高くなったように思う。

笑いのエネルギーはとても大きい。

ミサイルに貧困、異常気象……。日々流れてくる深刻なニュースを目にすると、私も何かしなければ…という思いに駆られることがある。ひるがえって、家族の問題など個人的な悩みを抱えていたりもする。そんな中でまずできることは、自分自身が幸せであること、そのためのいちばんシンプルな方法が「笑うこと」なんだと思う。

たった一瞬だとしても、笑う時間を持ち、増やしていくこと。深刻だと思い込んでいることは、案外大笑いで解決できるかもしれない。

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