水車小屋のシルヴィアに学ぶ、パン焼きの奥深さ


前回のコラム、「心が穏やかになるイタリアのパン作り」でお伝えしたように、イタリアにおいてパンは欠かせない存在。最近私が夢中になっているのが石窯でのパン焼きだ。GAS(グルッポ・ディ・アクイスティ・ソリダーレ)という、オーガニックの農産物を共同購入するボランティアグループのメンバーが当番制でパン職人のシルヴィアを手伝っている。

私の当番は週に2回。水車小屋でのシルヴィアとのパン焼きは、朝10時に始まる。焼き上がりは午後5時ごろだから一日仕事だ。

普通のパンに比べると、水分がやや多めで生地が軟らかめなのは、水分の吸収に時間がかかる古代小麦の粉を使っているから。軟らかい生地なので、丸く成形しても、そのまま置いておくと横に広がってしまう。

だから発酵させるときにいるのが、丸い木枠に布を張って輪ゴムで留めた型。この型を使えば、丸く上に膨らんでくれるのだ。

丸い木枠に布を張って輪ゴムで留めた型を使う

シルヴィアのパン作りでは生地を優しく扱う。力強くたたいたり、台に打ち付けたりする事はせず、スルスルとまるでマッサージをしているかのような手つきだ。

1キロずつ切り分けた生地を、シルヴィアは1個ずつ、軽い手つきで、でも満遍なくこねる。美しく丸くなった生地を、スルッと赤ちゃんの顔をなでるように愛情を持ってひとなでしてから、型に滑り込ませる。

型に滑り込ませた生地がゆっくりと膨らんでゆく

成形から2時間ほど経つと、生地がかなり上に向かって膨らんできて、表面には細かい亀裂ができる。

石窯の温度は、薪の大きさと入れるタイミングで調節する。生地を発酵させている間、窯には何度か薪を足したので、温度が380度にまで上がった。ここで薪を入れるのをやめ、中に残っている薪がすべて燃え尽きたら、濡らした布で素早く灰を取り除く。温度が緩やかに下がるのを利用しながら、スキアッチャータというフォカッチャ、パンの順で焼く。

さあ、スキアッチャータが焼けた!

焼きたてをほお張る

スキアッチャータは、石窯に入れてから7分で焼き上がる。石窯から取り出したばかりの焼きたてを食べられるのは、パン焼きを手伝っている私たちだけの役得だ。

焼けたスキアッチャータの上面にオリーブオイルを上にはけでタップリと塗って、岩塩を振りかける。岩塩の塩気とオリーブオイルの香り、香ばしく焼けたスキアッチャータ。至福の時間だ。

窯の温度が300度ほどまで下がったら、バタバタと一気に忙しくなる。お手伝いの私たちは発酵したパンを1個ずつ型からひっくり返すようにしてパレットに乗せ、それをシルヴィアが要領よく石窯に並べて行く。1回に石窯に並べられる量は38個。全部窯に入れたら、ふたを閉じて、少なくとも35分はふたを閉じたまま焼く。

焼けたかどうかパンに聞いてみる


パンが焼けたかどうかの判断をするのは「音」。シルヴィアは1個ずつパンを取り出し、コンコンとパンの底をノックする。ドスドスという音がしたら再び窯へ、コンコンと木の扉をノックするような乾いた音がしたら焼けた証拠なのだそう。

彼女はパンを焼くときに、あえてクープ(表面の切れ目)を入れない。それは、大切に育てている天然酵母と粉でできた生地に、金属のナイフを入れたくないから。クープを入れないから、焼き上がったときには、それぞれのパンの表面にいろんな模様が浮き上がる。木や鳥、山々の風景のようにも見えるこれらの模様は、小麦と石窯が作り上げる芸術作品のようだ。

クープを入れないから模様はさまざま

夕方、焼き上がってまもない、まだ温かいパンをGASの受け渡しの場所に持って行き、各家庭へ分ける。

シルヴィアのパンを心待ちにしている人たちがいて、彼女を手伝う人がいて、それらのバランスがちょうどよく取れて実現するパン焼き。ただ「パンを作る」「パンを買う」という行為が、こんなに楽しくて奥が深いのか。週に一度のパン焼きに参加するようになって、初めて実感した。

もう、来週の当番の日が待ち遠しい。

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