心が穏やかになるイタリアのパン作り

イタリアというとパスタのイメージがあるが、実際の主食はパスタよりもパンだと思う。サラダを食べるときも、肉料理を食べるときも、パンは欠かせない。日本人にとってのご飯のような存在だ。

パーネ(パン)とひとことで言っても、大きさ、形、材料の粉、トッピングなど、地域によってそれぞれ特徴がある。大きく分けると、北イタリアは軟質小麦(日本の一般的な小麦粉の原料となる小麦)、南イタリアは硬質小麦(中が黄色っぽい小麦、パスタの材料になるセモリナ粉も硬質小麦が原料)。小麦の栽培地域は気候によって南北に分かれていて、パンに使われる粉も二分されている。

トスカーナパン

塩なしのトスカーナパン

毎日の食卓にのぼるテーブルパンは、シチリアでは白ごまのトッピング付き、トスカーナでは塩なしパン、ヴェネツィアではロゼッタと呼ばれるバラの形のパンと、その土地ごとにさまざまだ。

パンは捨てない

イタリアのパンはバターを使わないので、焼いてから1~2日経つとカチカチになってしまう。とはいえ、パンが捨てられることはほとんどない。イタリアのどの地域の地方料理にも、固くなったパン、「パーネ・ドゥーロ」を再利用するレシピがあるのだ。

黒キャベツとインゲンのリボッリータ

黒キャベツとインゲンのリボッリータ

トスカーナには、「リボッリータ」と呼ばれる冬の家庭料理がある。白インゲン豆、黒キャベツ、ニンジンやセロリなどをグツグツ煮込んで作ったスープに、固くなったパンを切り分けて加え、クタクタに煮込んだ具だくさんのおいしいスープだ。

夏には、同じく固くなったパンを使って作る、「パッパ・アル・ポモドーロ」というトマト味のパンがゆもよく食べられる。これを作りたいがために、わが家ではわざとパンを一部残して固くしておく。

どうしてもパンを捨てなくてはいけない時もある。そんな時イタリアのマンマは、パンにチュッとキスをしてから捨てる。それくらいパンは、イタリア人にとって神聖なもののようだ。

石窯でのパン作り

最近私は、石窯でのパン焼きに夢中になっている。

友達と一緒に、週に2回のパン焼きを交代で手伝っているのだ。中心になってパンを焼くのは、パン職人のシルヴィア。彼女の指導のもと、メンバーの1人が手伝い、他のメンバーのためのパンを焼いている。

パン職人のシルヴィア

パン職人のシルヴィア

毎回、生地を手でこねて、約40キロのパンを焼くから結構な力仕事だ。当番の人は半日はたらいて、パン1個とフォカッチャを1枚もらう。報酬はそれだけ。でも、シルヴィアを手伝わないとこのパンは焼けないから、おいしいパンを食べるために、みんな一生懸命に手伝っている。

シルヴィアが作るパンは天然酵母パンだ。酵母は20時間くらいじっくりと時間をかけて発酵させる。材料の粉は、昔からイタリアで栽培されて来た小麦、古代小麦を石うすでひいた全粒粉を使う。酵母が先にゆっくりと小麦を消化してくれるから、天然酵母パンはとても消化がよい。

“秘密のおまじない”

粉と水を混ぜる前に、シルヴィアはある儀式を行う。水を入れた大きなフラスコに、塩を少し入れ、フラスコを回転させて水流を起こす。渦巻きが塩を吸い上げていく間、瞑想をして願いごとを心に浮かべ、最後に「グラツィエ(ありがとう)」とフラスコの口にささやきかける。

水、小麦、火への感謝の気持ちを込めた彼女の不思議なおまじないだ。石窯に火をおこしたり、粉を量ったりとバタバタした作業の中で、ふと心が静まる心地よい瞬間だ。

シルヴィアのおまじない

シルヴィアのおまじない

私が彼女とのパン作りにすっかり夢中になっているわけは、きっとパン作りを通じて、彼女の優しさや、穏やかなこのパン工房の心地よい空気に包まれて、魂がリセットされるからだと思う。無心で粉を混ぜたり、石窯にまきをくべたりするこの世界は、平穏で美しい。

酵母の表面に気泡が出てきて、さあ、そろそろ生地の成形だ。続きはまた次回お伝えしたい。

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