お弁当に添える一言メモでけんかも収まる

私は毎日夫のお弁当を作り、同じ場所、同じ角度で写真に納めている。お弁当の定点観測のようなものだ。SNSに投稿することもあるけれど、ほとんどはおかずのメモ代わりである。

ちょっとおかずに迷ったときに見返せば、「久々にあれ作ろう」とヒントになるのだが、実は私は「お弁当」というその存在そのものが好きなのだ。

中身を想像する幸せ

小さなお弁当には大きな力がある。

お弁当が好きだと気づいたのは、幼稚園に通っていた頃。母は毎日、お弁当を作ってくれた。

お弁当に入っていると何でもおいしい

お弁当に入っていると嫌いなおかずでもおいしい

タコの形をしたウインナーに、隣のおかずの味がしみた卵焼き、しっとりとしたのりに包まれたおにぎり。時々別の箱についてくるイチゴやリンゴのフルーツの特別な感じ。「今日のお弁当はなんだろう」と中身を想像するだけで小さな幸せに浸れた。

小さなお弁当箱の中に詰め込まれるものは、冷めていてもなぜかおいしく、不思議と嫌いなものも食べることができた。母から、「残さず食べたね」とほめられることもうれしかった。

中でも私がいちばん楽しみにしていたのが、お弁当についてくる小さな手紙だ。

ちょっとしたイラストだけのことも

ちょっとしたイラストだけのことも

うさぎや猫などイラストだけの日もあったし、どんなメッセージだったか詳しく覚えてはいないのだけれど「おいしくたべてね」とか「ようちえんはたのしかったかな?」とかほんの一言。それがとてもうれしく、ほかの子のお弁当よりも自分のお弁当が特別だという気持ちにさせてくれた。

さすがにメッセージカードはなくなったけれど、母その後も、私が高校を卒業するまでずっとお弁当を作ってくれていた。

しょっぱかったお弁当

ある日、高校生の私は母とけんかをした。「明日はお弁当ないかな……」と思っていたのだが、朝起きるとテーブルの上にはちゃんとお弁当箱が置かれていて、私は黙ってそれを持って行った。お昼どき、お弁当袋を開けると、手紙が入っていた。幼い頃のようなかわいい一言の手紙ではなく、ちゃんと白い封筒に入っていた。

思春期でうまく伝わらない母と娘の気持ちのすれ違い。達筆で書かれた母の気持ちを知って、お弁当を食べる前に涙がこぼれた。母を傷つけていたことも反省した。そのせいで、その日のお弁当はとてもしょっぱかった。中高生になってからのお弁当の手紙は、私が悩んでいるときや、二人がけんかをしたときくらいだったけれど、直接気持ちを伝えてくれることがうれしかった。

お弁当

お弁当と手紙はとても大事な存在だった

私は話して人にものを伝えるのが苦手だ。母にも日々、何かを相談することはなかった。でも、お弁当と手紙だけで、私は母とのつながりを感じていた。

大人になってからも、またいつか母のお弁当を食べたい、また何かの機会に作ってくれることもあるだろうと思っていた。「もう一度食べたいものは?」と聞かれれば、「母のお弁当」と答える。

でももう、しなしなになったのりに巻かれたおにぎりや、隣のおかずの味がしみ込んだ卵焼きも食べることはできない。母は1年半前に亡くなった。

けんかが収まる

私は今、夫に毎日お弁当を作る立場になった。基本的には前の日の残り物だが、毎日お弁当を作り続けるたいへんさがようやくわかった。できるだけお弁当作りを楽にするために、使えるすき間食材としてブロッコリーとプチトマト、レタスに煮卵を冷蔵庫に常備している。

お弁当用の常備菜

お弁当用の常備菜

夫とけんかした日には、「ごめん」とメモを入れる。うれしいことがあった日は「ありがとう」と一言書いておく。毎日ではないが、なかなか恥ずかしくて言えない気持ちがあった日には、手紙にしてお弁当につけておく。夫は何も言ってはこないけれど、メモを付けた日は帰ってくると機嫌がいいような気もする。

面と向かっては言えないし、手紙だけでも恥ずかしい。そんなとき、お弁当は見事な橋渡しをしてくれる。けんかが収まったことも一度や二度ではない。

もちろん、けんかをして冷戦状態が続いていると、手紙を付けずにお弁当だけ、という日もある。何も言わず無言でお弁当を置いておき、夫も無言でお弁当を受け取って仕事に出かけていく。なんとなくそんな日のお弁当は、おにぎりの握り方や中身の詰め方がちょっと雑なのだが、途中で「けんかをしてもお弁当に罪はないのだ」と気づいて反省する。毎日作るお弁当には、気持ちを落ち着かせる精神安定剤のような効果もあるようだ。

お弁当を通じた絶妙な間合い

お弁当を介するからこそ絶妙な間合いでやり取りできる

夫が帰ってきてお弁当箱を受け取り、中身が空っぽになっていることを確認すると、けんかの最中であっても、どこかホッとしたり安心してしまったりする。そうなると、もうけんかのことなどどうでもよくなってきたりするので、あとは「ごめん」のタイミングだけ。そんな次の日にメモを入れたりする。

母から受け継いだ、お弁当という小さなコミュニケーションの魔法。これからも、家族にたくさん使っていきたいと思う。

こんなことを書いていたらまた、母のお弁当が懐かしく、恋しくなった。

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